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GlennGould♪

2012年5月24日 (木)

グールドが弾く「悲愴」ソナタ

グールドが弾くベートーヴェンのピアノソナタ。
どれも素晴らしいがとりわけ、
まもなく人生の折り返し地点を迎えるにあたって、今までの迷いの人生を卒業するにあたって、
グールドが弾く、ベートーヴェンの「悲愴」ソナタが私の力になってくれている。

40歳で、どん底から這い上がっていかなければならない。そんな私と特に重なったのがこの「悲愴」ソナタだった。
自分で譜読み弾きしてみた。ゆっくりなら大方弾けたが、それでも右指の障害は自由な演奏を許してはくれない。
それでも、ゆっくりならある程度弾けるだけでも有難い。
私は、今まで「持っている」能力をないがしろにして、「持っていない」ものにばかりこだわり、気を取られてしまっていた。元来私は楽器を弾くのでもパソコンのキーを叩くのでも、凄かったのだ。しかしそれらをじっくり伸ばすことをおろそかにしてしまった。
今は、エレクトーンを弾くことにはほとんど興味がない。むしろ、バッハでもベートーヴェンでも、永遠不滅かと思われる名曲を自らの手で奏でてみたい。自己満足でいい、名曲によって今でも生かされている、過去の大作曲家たちのエナジーや精神とシンパシーしてみたいのだ。

2012年5月23日 (水)

グールドが弾くベートーヴェンのピアノソナタ (追記あり!)

今まで、見向きもしなかった、グールドが演奏するベートーヴェンのピアノソナタに力をもらっている。
もちろんグールドの演奏は素晴らしい。でも、本当は私自身がヘタでもいいから弾きたい。
指がよくなったらまた弾いてみたい。ピアノの新約聖書。
指はきっとよくなります。自分の持っているものを大切にしたい。
苦悩から真の喜びの人生を見つけることができた。そんな私と重なる。


P.S.
生まれつき、もしくは幼少時の病気などで、人間に本来備わっているある能力が一部欠損している人がいる。
そういう人は素晴らしい才能を発揮することがある。伊達正宗だとか、スティーヴィー・ワンダーとか。
要はその分余るエネルギーを、持っている能力に使用することができるのだろう。
舘野泉さんも恐らく、左手に両手並みの、つまりは倍のエネルギーを注ぐことができているのだと思う。
グールドが何故あれほどまで演奏にエネルギーを注げたのか、ヨシマツが何故桁はずれに美しく素晴らしい音楽が書けるのか。あとベートーヴェンも……… (敢えて細かいことは書かないけど。)
私も、そういう意味では、本来人間にあるはずの能力のなかで、ない部分がある。
その、ない箇所にこだわっていたことは私の心身にマイナスなだけだった。
ない部分があるということは、それだけエネルギーが余っているのだ。
(もし恋愛し結婚し子どもを数人産み育て家庭を持ち……それはそれは、ものすごいエネルギーが必要である。私にはそれらが全くない分その莫大なエネルギーが余っているのだ!。)
その余っているエネルギーを、今までは体にいらないものを作りだすことに使ってきてしまった。
が、決心した今からは、もはや、ない部分へこだわる必要は全くない。音楽に注ごうではないか。作曲と、バッハの演奏と、シンセサイザーの演奏と、できればオルガンの演奏と自作の指揮と、それと世界の森羅万象を子どもの目で観察することと………。


P.S. 2
「悲愴」ソナタ、グレンの演奏は今日初めて聴きました (記憶にない)。
改めて、この人すごいな、と思った。

2012年5月19日 (土)

平均律♪

バッハの平均律クラヴィーア曲集という私の音楽バイブルがある。
演奏でも作曲でも、まずはこれが私の音楽の原点である。
17歳の夏、ピアニスト目指す友人の「平均律弾くから…」の一言で、へいきんりつ!? なんだそれは!?? ものすごく知的で魅力的な言葉だった。たちまち魂が揺さぶられた。*  ……ということはもう何度も書いているが、再び練習することにした。

*もともと、ピアノではなく電子オルガンだったから、最初の音楽教室で平均律…なんて音楽の存在を知る機会はなかった。インヴェンションさえも子どもの頃弾く機会はなかった……厳密にいえばインヴェンションの13番 a moll は弾いたがあくまでも 8Beat オルガンアレンジだった。19歳で電子ピアノを購入した時、最初に購入したピアノ楽譜はインヴェンションとシンフォニア (ツェルニー版) だった。そして同時に同曲のグールドのディスクを図書館で借りて聴き出す。グールドが好きだったからではなくてたまたまグールドばかりが眼についたから。


2巻の3番嬰ハ長調 プレリュード。

全ての音が半音上がる。時々全音上がる。それがキーボードではとても弾きやすいのです。


というよりか、↑のグールドの演奏がたまらなく好きなのです。かくかくっというのが♪。
私にとって、バッハのクラヴィーア曲の演奏は、グールドのそれ以外にお手本にしたい演奏は今のところ、そしてこれからも恐らく、ない。


但し、決して真似することは、ない。私は私の表現したいものがあるから。
どなたかが語っているように、決してグールドの亜流になることは、ない。
ただグールドの演奏で、私の中の何かが刺激を受けるのである。


で、やはり既に何度も書いている、右指の障害ですが、
バッハをゆっくり練習する時、不思議なことにスムーズに動くのです。
動くのなら、とにかく練習してみます。
どんなにゆっくりでもいいから、必ず音楽を感じながら練習すること、です。


P.S.
熱狂的グールド信者で熱烈ヨシマツファンという人は、他にいないのかな!?
o(*^▽^*)o

2012年5月13日 (日)

わたしが描いたグレン

Glenn
1997年 シャープペンシル (HB) 35×24cm (一部)

部屋の古いものを探っていて見つかった。

2012年5月11日 (金)

左利きピアニストが弾いた、左右平等な音楽

やっぱりバッハの平均律クラヴィーア曲集は、グレン以外に好きな演奏がない。
左利きだったグレン。バッハのクラヴィーア曲は、右手・左手を平等に使用する。
演奏中の脳を調べてみると、左右均等に使用されていることがわかるようだ。
グレンがショパンを嫌ったわけが分かる気がする。
しかし、モーツァルトのピアノソナタとかは好んで演奏していた。何故かな!?。

2012年4月26日 (木)

ベルリン天使の詩のテーマとヒルデガルト・フォン・ビンゲン

:……今朝、NHK-FMで初めて聴いて、ひと聴き惚れしてしまった。

古いラジカセで受信して聴いていたもので、録音できなかった。
サントラのCDとかないのかな!?


あったあった♪


こういった 【深淵】 な音楽は実は私の好み。私もこういう曲を書きたいと思っている。


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深淵な音楽といえば、
ヒルデガルト・フォン・ビンゲンをご存知だろうか!?
私がCDブックレットの製作会社でアルバイトしていた時に仕事で知った。
(この時のCDは発売後購入して今でも持っている。)
中世の女性作曲家の作品! ということに驚かされる。
その中世、というのが本当に古い! 1098-1179 そう、平清盛と同じ時代なのだ!!。
いわゆるグレゴリオ聖歌ともちょっと違う。本当に深淵である。
しかし、よく楽譜!? 残っていたよね。
日本では雅楽がよく演奏されていたのだろうな。
雅楽と、これらの宗教音楽と、何か共通する波動を私などは感じる。


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ヒルデガルトという修道女は、いわゆる私流にいえば、楽僧(尼) だったということかな。
私もいづれは、得度して「楽僧(尼) 」となって、終生の仏道修行として作曲を行いたい、というのが夢である。

しかし……… 「僧侶になりたい」という気持ちは子どもの頃からあるのだけど、現実にはほとんどの僧侶の資格を持つ人達はごく普通の人たちである。本来僧侶というのは、幼少のころから「普通でない」意識でその後の生き方も「普通でない」人がなるものだったのだと思う。話によると有名な禅のお寺で常時200人が修行しているが、本物はほんの数人ではないか、と聞いた。それは、そういうものだと思う。うちのすぐそばにある法華経寺は荒行で全国的に有名なのだけど、それだって「箔付け」で修行する人たちが殆んどみたいだ。それでいいのだと思う。
結局のところ、「普通でない」人というのは海の微量ミネラルと同じ、いつの時代にもごく少数存在する。ほんのごく少数である。しかしいなければならない。多過ぎると困る。そういう人達が歴史上大きな役割を果たしてきている。
グレン・グールドは晩年、修道院へ入ることを勧められたりしたらしいが本人はそれは望まなかった。いわく、「レコーディングスタジオが僕の修道院というのが当たっているね」 それでよかったのかもしれない。今の時代、本物の「普通でない」人は別に僧侶などにはならず俗人に紛れて生活する、そういう時代なのかもしれない。


結局のところ………私も「翼を落として地上に降り立った」天使なのかもしれない。
体だけは100%女性の姿かたちをしていて月に一度生理があり………だから「女性」なのだけと、あくまでも人間として生まれてくるために、ボディは男と女と、たった2種類しかないからね。それだけのこと。「性別を超越している」とある時友人にいわれた。そう、そのとおりなのだ!。


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グレンは………いわゆる「恋愛話」は有名なのかもしれない。
但し根本的に「普通の人」でなかったのだと思う。
「恋人」だった女性いわく「肌に触れた感触が両性具有者的だった」
実際のところ、彼は性別を超越していたのだろう。私はそう見ている。
そういうところに私は惹かれるのだけど。


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孤独、というけれど、
独りを好む、ということともう一つは、
他に同類の人間がいない、ということだと思う。
私という存在のあるがままを全ておわかりいただいている存在は、この世にはいないのかもしれない。
言葉ではわかってもらえないから、音楽で表現するより他にない。
グレンも言ったように、真の偉大な芸術家は常人ではありえない。


僧侶のことを書いたけど、音楽家も同じ。大勢の普通の人たちと、ある程度の特別な「素晴らしい」人と、異端といわれて孤高を貫き小宇宙を形成し歴史を変える、ほんの少数の突出した人とがいる。
そして、その全てが必要。

2012年2月 2日 (木)

So You Want to Write a Fugue? とは!?

昨日ブログに書いたのですが、グールド作曲 So You Want to Write a Fugue? (フーガを書いてみたいの?)

グレンは、作曲家になりたかったらしいです。
結局は、神さまがあなたはピアニストとして活躍しなさい、ということになってしまったのですが、
こんな↑ 面白い曲を作曲しているのです。

英語の歌詞みつけた~♪

以前、そう、いまから20年前、グレンの、没後10年記念ということでNHKでOn Airされた特集番組で、日本人の歌手4人での日本語での歌を聴いたのです。
その時聴いた歌詞をまだよく覚えています。そして私自身がフーガを書く時の心の支えになっています。
もう一度書きます。「書きあげるためには勢いが全てだよ、理論など忘れなさい、頭を空にしなさい、書きあげたなら喜びが待っている。多分、『こけつにいらずんばこじをえず』 とはいうけれど……書きましょう、さあ、フーガを!」
確か、グールドの研究家・宮澤淳一氏の訳だったかと記憶しております。





なーんだ、YouTubeにどなたかがUPしてくださっている!!
まさに、この動画です!!
懐かしい!!!

このNHKの特集番組を観た頃から、グールドに本気でのめり込んでいった(笑)。


更には、これはスゴイ動画ですね。

以前、↑の、日本語 OnAir を聴いて、耳コピに挑戦してみたのですが、最初の方で既に挫折…… (1994年のこと)。
この動画を見れば、譜面をつくれそうですね!?


20年前、私がグールド信者(笑) になりだした頃は、とにかくものが手に入らなくて……。お金もなかったし。
今はこんなふうにタダで誰でも観られる。いい時代になったね。


ちなみに、昨年10月、こんなこと書いていた。