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音楽的つぶやき

2014年4月25日 (金)

ショパンの別れの曲は極めてシンプルだった!!

最近、ピアノ曲を再び弾いています。ピアノ曲ではない、バッハの平均律、スカルラッティのソナタもよく練習しております。
といっても楽器はピアノではなく、エレクトーンですが。今ピアノがありませんから。
しかしバッハ以外の楽曲は、今のところ譜読みができれば十分です。バッハは4オクターブあればほとんど弾けます♪。


私は13年前から、右指が動きにくい障害があり、以前エレクトーンを弾いていた頃は、だましだまし弾いておりましたが、それもやがてうまく弾けなくなりました。それが1か月くらい前から、完璧ではないにしても、大分安定してスムーズに弾けるようになってきました。
弾きたくてもうまく弾けずにいた、大好きなバッハから始まって、昨日からは、ピアノの、大作曲家たちの仕事を肌で感じるべく、いろいろ、ピアノを弾いていた頃の楽譜を取り出して、ゆっくり譜読み弾きをしております。
大抵は、既に過去に弾いたことのある楽曲なのですが、以前と違う楽曲の捉え方をする自分がいました。楽曲を、構造で捉える、或いは和音の解析として、気になるハーモニーをコードネームにして言ってみたり…。

ショパンの「別れの曲」は、中学2年の頃、生まれて初めて買ったピアノ楽譜で、当時、最初の簡単な箇所だけは弾いてみたのですが、電子オルガンを弾いてきた私には見たことのない複雑な楽譜。簡単な箇所さえ当時は難しすぎました。
ましてや、中間のディミニッシュの箇所なんて長い間、本当にワケ分からなかったのです。
ようやっと10年くらい前に、これは減音程の練習曲なんだ、ということがわかりましたが、それでも難しかったのです。


ショパン:エチュード op.10-3 より

From_etude_op103

それが、今日、久しぶりに古い楽譜を開いてみてゆっくり弾いてみたら、驚きました。
極めてシンプルだったからです!!。
ショパンは決して、複雑難解な音楽など書いていなかったのです。
ただ減音程というのは、どうしても臨時記号のオンパレードになってしまわざるをえないから、それで複雑難解に思ってしまっていただけでした。
敢えてここでその内容は書きませんが、気になった方は、是非ご自分で楽譜をよく読んで、よく眺めてみて、謎解きしてみてください。
それは、私が、作曲家の視点で楽曲を捉えるようになった結果、わかったことでした。
私の場合、ピアノ曲を弾くというのは、あくまでも過去の大作曲家たちの仕事に深く触れることをメインとしておりますので、譜読み弾きですとすぐに、和声分析 (私の場合コードネームに変換する) や、プチオーケストレーションを始めてしまいます。


ノクターン op.9-2より

From_nocturneop92

また、演奏をスムーズ or 効果的に行うためのピアニスティックな指使いというものも、ショパンは卓越していたのだと思いました。
今日初めて、ショパンに尊敬の念を抱いてしまいました♪。


バッハの平均律クラヴィーア曲集、第1巻の19番などを練習しております。
特にフーガは弾いていて本当に! 気持ちよいですね。

Bwv864_fuga19

高校2年の時出会った、バッハ・クラヴィーア作品。その楽譜は、未だに美しいと思います。


楽器を弾くことは、すごく楽しいので、ある程度弾いて気持ちよくなった後、作曲のfinaleを開くと、すごくアイディアが浮かびやすいのです。


子どもの頃は、音楽の構造もコードネームも分からないまま、とにかく楽譜通りに弾いておりました。
そういう方は極めて多いかと思います。
そして先生さえも、そういったことは、ほとんど教えてくださいませんでした。ですから演奏はできていても、ただ楽譜通り弾いて、先生の指示通りの表情を付けていただけでした。
そんな当時は、譜読み、初見が苦手でした。
暗譜は、子どもの頃は程なくできましたが、それでもジャズのテンションノートは暗譜があやふやでした。
大人になってからは20代前半の時点で、ジャズ・フュージョンの楽譜はほとんど暗譜できませんでした。
それが今は、構造とコードプログレッションを捉えるので覚えやすく、再び暗譜ができるようになりました。
譜読みもそうです。和声やコードネーム、コードプログレッションを理解することは、楽曲の理解へとつながります。


ちなみに私は、和声学は19歳の頃、仕事の行き帰りの電車の中で、ヤマハ指導グレード用4声コラールの実習本を読んで勉強したことと、21歳の時、教会のピアノ伴奏のアルバイトで讃美歌を弾いたりアレンジしたことと、ポピュラー音楽のコードプログレッションで学びました。
いわゆる音大作曲科受験のための和声学の本は、一切勉強しておりません。


音楽は、作曲だけではなく、演奏も、よりよい演奏を目指すなら、まさに理系学問です。

2014年3月26日 (水)

蜃気楼のようなコンディミの秘密を解き明かす

これは、久しぶりのエレクトーンネタ、とも言えるのですが、むしろ、電子オルガンを卒業した私が、今になって、電子オルガンのスコアが私の作曲の教科書になっている、という証という方が正確です。


「蜃気楼」という、エレクトーンの名曲があります。
作曲者の松田昌氏は、若い頃から、コンディミ (コンビネーション・オブ・ディミニッシュ) おたく (失礼…) として知られ、
氏の作品には、コンディミがよく出てきます。
以前から「コレ、どうなってるの!?」と思い、解析してみたかったので、今朝、思い切ってやってみました。
そして、こんなふうにまとめてみました。

Shinkiro_comdim_eb7_2

つまり、同じルート音で、メジャーセブンと、ディミニッシュを同時に使用する、のが、コンビネーション・オブ・ディミニッシュ、なんだと、今回、解釈しました。
Eb7 というコード表記ですが、細かく書くと、Eb7(#9)(#11) というふうに、ややこしくなってしまいます。


ちなみに、昨日聴きまくった、レブエルタス「センセマヤ」も、なんだかコンディミっぽいな、と思ったのですが、
解析してみたら、あまりそういった定義付けにこだわらない音を自由に使用している!? ように思えました。

2014年3月 8日 (土)

突然、ギターに惚れてしまい!?

先月2月中旬、現在作曲中の楽曲の中に出てくる、ハープを、突然、ギターに弾かせたくなりました。
「難しそう。ギターは全然分からない」と思い、最初は躊躇したのですが、思いは熱くなるばかり。
もちろん、オーケストラのレギュラーメンバーではないことは承知です。
まず、今まで、ハープに弾いていただくつもりで書いてきた音を、ギターでそのまま演奏できるのか!?。
とにかく、ギターのことはまるでわかりません、基本的な、フォークギターのコードの押さえ方から始まって、YouTubeでいろいろなギター曲を聴いているところです。
お陰で、今までギターのことは全く分からない、から、少しだけ知っている、程度にレベルアップしました。
運指表を、自分で作ってみるといいことがわかりました。それは、他の楽器全て、少しずつ、作ってみようと思っています。
父のフォークギターで、試してみましたが、左手の指を、本当に大きく拡げないといけないことがわかりました。
また、TAB譜の読み方がわかったので、「禁じられた遊び」を、えっちらおっちら、試しに弾いてみて、いきなり、B7のバレーコードが押さえられない & 全然音が出ないのです。
私は、楽器法を学びたいので、特に演奏できるようにするつもりはありませんが、とにかく、気軽にギターを弾いて歌っておられる皆さん、尊敬します♪。
で、ハープ用に書いていた譜面ですが、オクターブを調整すれば、そのままいけそうなことがわかってきました。
フラメンコギターとかもかっこいいですね♪。まああまり高度なギター譜面はまだまだ、書けませんが…。
ともあれ、ただ聴いていてもここちよいです。最近、ギター曲ばかり聴いております。
書いている楽曲は、「星座の踊り」という仮題がつけられております。より情熱的な踊りを表現できるかな。


余談ですが、私は、中学生の頃からシンセサイザー奏者を強く夢見てきましたが、オーケストラ音楽に触れ、
オーケストラだってシンセサイザー、それもフィジカル&ヒューマンシンセサイザーであることに気づきました。
電子シンセサイザーにはない、フィジカル (物理的) & ヒューマン (人間的) ファクター (要素) が存在するシンセサイザーです。こんな面白いものはない、と今思います。


そして、「プレイアデス舞曲集」シンセサイザー演奏、ですが、
実は、シンセサイザーでのプロジェクト継続を、迷ってしまっておりました。
そのため、前に進めずにおりました。
「このままプロジェクトを進めていっても、先が見えている。」といった感覚。
既にシンセサイザーは、なんだか時代遅れなように、私には思えてしまっているのです。

今になって、「シンセサイザーでも、フィジカル&ヒューマンシンセサイザーで演奏させるってのはどうか!?」と思いつきました。
つまり、オーケストラで使用する楽器や、その他生楽器を自由に使用する、ということで、方向転換で考えております。あーそれだったらできるかもしれない、と。


P.S.
かの「交響曲第1番HIROSHIMA」の評価について、吉松先生のコメントが、「…膨大な労力をかけて生み出したところに作曲者の熱意を感じる」 ですとか、本当に、センセらしいというか、『交響曲作曲・現場経験者』の実感ある言葉が印象的ですね。

2014年2月10日 (月)

『HIROSHIMA』は、マーラーの交響曲にそっくり!?

本当の作曲者を弁護するためにも書いておきますが、交響曲第1番『HIROSHIMA』は、素晴らしい音楽です。
CDはありますから、これからも時々聴くかと思います。


「全聾の天才作曲家」佐村河内守は本物か―新潮45eBooklet [Kindle版]


私は、iPadで今朝、初めて読んでみました。
野口剛夫氏というのは、作曲家のようですね。
専門家がクールに、交響曲第1番『HIROSHIMA』などの曲を聴いてみて、恐らく「ヘンだな」と思われたのでしょう。
未だ、ゴースト問題が発覚する前に書かれた、というのがすごいです。
確かに曲は素晴らしい。
しかし音楽として聴いてみて、本当に、それほどまで賞賛されるに値する楽曲なのだろうか? という直観的疑問が生じたのでしょう。
それは、音楽を取り巻く、様々な独特の状況が醸し出している「演出」によるものに過ぎないのでは!? という著者の思い。
実際、この文章が書かれた時点でわかっていたこと……『HIROSHIMA』は、もともとは『現代典礼』というタイトルだったらしい。
それを、完成後に『HIROSHIMA』としたのは、ウケ狙いに他ならなかったのでは!?、ということをこの時点で書いているのがすごいです。


私は、まだまだ、マーラーやブルックナーの交響曲を、知り尽くすほどに聴いてはいないので、正直そのため、批判とかの気持ちは出てこなかったのです。
しかし著者は恐らく作曲家として、恐らくこれらの大作曲家たちの交響曲をつぶさに勉強されているのだと思います。(私も勉強しないといけません。)


ひとまず、この本に書かれていた、「マーラーの交響曲第3番終楽章」を、改めて聴いてみることにしました。
そうしたら、あまりにも、『HIROSHIMA』フィナーレとそっくりな箇所発見…… 正確には、マーラーのこのフィナーレとそっくりな箇所が、少なくとも2か所確認できました。
それは、あまりにもそっくりで、恐らくメジャー作曲家でしたら、ここまでパクることはほとんどない、と思われるレベルに感じられました。


意識的に、過去の大作曲家の作品を丸ごと持って来る技法はよくあるかと思います。
藤澤守 (久石譲さん!)「5th dimension」には、ベートーヴェンの交響曲第5番1楽章の一部がそのまま出てきた時は驚きましたが、それは本当に、楽曲のイメージの中で必然的・意図的にだと思います。
吉松隆・交響曲第4番 2楽章のワルツで、ベルリオーズの幻想交響曲2楽章のワルツが出てきますが、やはり恐らく、具体的な楽曲ストーリーがあって、その中で意図的なのだと思います。


ベートーヴェンもベルリオーズもマーラーも、著作権は、とうの昔に切れているのですから問題はないのですが、『HIROSHIMA』の場合、明らかに引用ではなく、パクリだと思います。それらは、楽曲の構成やストーリーにおいての必然だったのか、どうか…。


何より、というか、広島の原爆をテーマにした、というのが「後付け」だったというのは、私は正直、それだけでもがっかりしてしまいました。
しかも、本当の作曲者である新垣隆氏が、『現代典礼』として書いて完成した後で、驚いたというのですから。
確かに、そのことを知らなかった時、十分に広島の原爆を思いました。
それは、この本の著者が感じた、というものと、かなり近かったかと思います。
なにか直接的、感情的な…… たとえば爆発、燃える炎が何もかも焼き尽くし沢山の命を奪い…… みたいなものは想起されたが、「人間はなぜ苦しまなければならないのか、またどうして原爆のような無差別殺戮をする兵器を生み出し、使用してしまったのかというような、深い葛藤や煩悶を、私はこの作品に感じることができなかったのである。」(著書より引用) 。


『HIROSHIMA』が音楽的にいいか悪いかは別として、私個人的に、作曲にあたって必要な心得みたいなのを、今回学ぶことができました。


「佐村河内氏は、本当は聞こえているんじゃないか!?」という、音楽・作曲以前のことまで、この本には書かれています。繰り返しますが、今回の別人作曲問題発覚より前に書かれています。
興味持たれた方は、ぜひ読んでみてください。


○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*


追記1。『現代典礼』の、文章や図で示された佐村河内氏によるという指示書は、実は氏の妻の筆跡だったらしい。


追記2。人は牛肉を食べても牛にはならない。
食べた肉を消化してたんぱく質にして、食べた人の血や肉になる。
音楽も同じ。


追記3。佐村河内氏が聴覚障害を「演じ」始めたと同時に、氏の妻の実家との連絡が途絶えたのだとか。連絡先がわからない。もちろん、嘘がバレないようにだろう。
家族や親戚との交流・連絡を断絶すると、人は成功しにくくなる。成功する人たちは恐らくほとんど、家族・親戚・友人etc.. を大切にしている。一般論だけど。

2014年2月 7日 (金)

フェイスキャラクターの迫真の演技だった@「全聾作曲家・佐村河内守」

あぁ、オレなんてニセモノだ。でも本物のオレなんてどこにもいない。
そう、逃げてきたんだずっと。いつも自分の気持ちに嘘をついて生きてきた。オレの存在そのものが、ニセモノなんだ。
もう、捕まっちゃおうかなあ、ラクになるかなあ…。
こんな自分とさよならできるかもしれないなあ。

(from: ふなっしー vs ニセふなっしー スペシャルスピンオフムービー Softbank)


2014年2月5日。
「作曲家・佐村河内守」氏は、その音楽作品を、ゴーストコンポーザーに書かせていたことが発覚した。


なぜ、今の、この時期にカミングアウトとなったのか。
ゴーストコンポーザーだった、桐朋学園大学非常勤講師の新垣隆氏が、一年間悩み苦しんだ末、決定打となったのは、いよいよ開催される、ソチ五輪で、フィギュアスケートの高橋大輔選手がSPで楽曲を使用すること。
このことの国際的影響を考えて、決心したのだとか。
昨日の謝罪会見で新垣氏が語っていた。


新垣さん、よく決心しましたね。これでようやっと、楽になれますね…。


佐村河内氏は、偉大なるプロデューサーだったと思う。
あるいは見事なフェイスキャラクターであった。
ふなっしーのように、着ぐるみは着ていないけど、「全聾の作曲家」を考案・プロデュースし、自ら演じてきたフェイスキャラクター。
その際、自分でできないこと=作曲 を、本物の作曲家に、依頼した。
しかし作品の基本イメージは、佐村河内氏が考案していたのだという。やはり偉大な天才プロデューサーであった。


ふなっしーの言うことは「27.4%は嘘」とふなっしーが語っている。
ふなっしーさえもそうなのだ。フェイスキャラクター「全聾作曲家・佐村河内守」は、どうやらそのほとんどが嘘、もしくは架空の設定であったようだ。
あくまでも彼は作曲家ではなく、「全聾作曲家」を演じるフェイスキャラクターだった故。


私が、「佐村河内守作曲」の「交響曲第1番 HIROSHIMA」を知って、CDを購入したのは、2011年の発売と同時だった。
そのCD化のきっかけを作った吉松隆先生の、ブログのリコメンド文章に共感したから。


見事なまでの迫真の演技。
吉松先生さえも、その嘘を、見抜けなかったのだから……、私なんか見抜けるわけがなかった。


今まで、「被爆二世、全聾で、絶え間ない轟音の耳鳴り、心身の病気で毎日大量の薬を服用し、何度か自殺未遂も経験している… そんな中、自らの絶対音感だけを頼りに作曲…」
そんな壮絶・凄惨な生き様を強いられている作曲家の書いたという交響曲は、確かにブルックナーやマーラーのパクリという感じは否めなかったものの、全編、強い精神的崇高さが支配しているように感じられ、録音時、楽団員が涙を拭きながら演奏した、というお話は私も本当に共感した。
「この素晴らしい音楽を、彼は自分では聴けていないのだな…」と思ったりした。が、そのことがますますバイアスになっていたようだ。
私は、その無間地獄のような氏の生き様を本当に哀れに思った。
そして「作曲家としての成功よりも、早く彼を楽にしてあげて下さい」と何度神に祈ったことか。


そしてそれが、今回、フェイスキャラクターの迫真の演技に過ぎなかったことを知り、本当に神さまに感謝している。
(こわい夢をみた後、目が覚めて、「あー夢で本当によかった」と心底ホッとしている感じ。)


今、「交響曲第1番 HIROSHIMA」を、それらバイアスが解けた状態で再び聴き、改めて、音楽的には素晴らしい、と思った。
そして今までの、作られていた様々なイメージが、どれほど大きくこの楽曲を支配していたか、思い知らされた。やはり佐村河内氏は偉大なプロデューサーだった。


ただ、ひとつ言えるのは、この作品の、「音楽面での」オリジナリティーはどの辺なんだろう!??。


といいたいのは、どんなに過去の大作曲家の仕事に心が打たれたのだとしても、あくまでも皆さん、ご自身の世界を描いておられる。
ブラームスだって、どんなにベートーヴェンを敬愛し、その交響曲を意識したか知れないが、20年以上掛けて完成した交響曲第1番は、やはりブラームスの音楽だった。
過去の交響曲に感激し、交響曲を書くことを自らのメインライフワークとされてきた吉松隆先生の交響曲の全ては、あくまで吉松氏独自の世界であり、20〜21世紀を生きなければ絶対に書けない音楽だし、決してパクリではない。


本物の交響曲作家は過去を維持するのでなく、新たな世界を築くようだ。


ふなっしーの言うことの27.4%は嘘、ということはみんなが承知の上である。
たとえふなっしー自身がそれを言っていなくても、大人の常識でそれはわかる。
しかし佐村河内氏のバイオグラフィやプロフィールの大部分が嘘だった、ということは、件のゴーストコンポーザー以外は全く知らなかった。
だって、本人はおろか、普通に佐村河内氏と会話してきたゴーストコンポーザーも、誰も、嘘であることを、全く言わなかったから。
気づくことができないくらい完璧な演技だった!。NHKの取材陣さえも完璧に騙されたのだ!!
性善説。誰もが、今までずっと、真実だと思い込んできた。
嘘をつく理由なんでどこにも見当たらなかったから。
嘘だとはっきりと告白している、あるいはみんながわかっている、ふなっしーと違って、これは真実だと散々思い込ませてきて、莫大な収益を上げてきた、ということなら、
それらが嘘だとわかってしまった今、残念ながら、それは詐欺、という解釈にならざるを得ないと私も思う。


ふなっしー「なんでこんなコトしたなっしー!?」
野々村「お金を貯めたくて、つい…」
ふ「ふなっしーは、真剣に生きているなっしー。みんなの心に、大きな果実を実らせるためなっしー。」
野「それなのに僕は… ごめんなさい!」
ふ「わかればいいなっしー!」
野「ありがとう… ふなっしー!」

(from: ふなっしー vs ニセふなっしー スペシャルスピンオフムービー Softbank)

2013年11月19日 (火)

音楽のない生活 (!?)

また更新できませんでした…… 仕事中のBGMを一週間前から完全に止めました。
そうしたら、データ受信エラーがほぼゼロに。また仕事に集中できるため、売り上げが急激にupしました。


仕事は在宅でのデータ処理で、今までBGMなしにはやっていられない感がありましたが、仕事のシステムが最近新しくなってから、横でiPhoneでもMacでもストリーミング再生すると、回線が込み合ってしまうことがあるらしく、受信エラーが多発、しまいにはちょっと生活を脅かすレベルにまでそれが頻発してしまいました。
それで、ある時決心いたしまして、仕事中は音楽なし、の毎日となりました。
そうしたら、売り上げが驚くほどupしてしまいました。


音楽のない生活 (!?)
唯一の音楽といえば…… 午後5時に防災スピーカーで聞こえてくる、「家路」(千葉県市川市)…… ちょうど今の季節、日が沈んだ直後、僅かに向こうの空が赤く、明日もお天気がいいな…… 家路というタイトルにぴったりな情景です。ドヴォルザークの交響曲第9番の第2楽章。「家路」のメロディの続きの展開部が、脳内で奏でるなか、仕事に励みます。この繁忙期が終わったら、コンコーネの続きをやります。

2013年10月28日 (月)

懐かしい合唱曲、作曲家の視点で聴いてみると…

皆さま、お久しぶりでございます。私は元気です。ただただ、仕事が超繁忙期で何も書いていられませんでした。
しかし、少しずつでも思ったことを書かないとだめですね。


「ミスター・モーニング」という、合唱曲をご存知ですか!?

昨夜、突然聴きたくなってしまい、YouTubeで開いてみたら、ほぼ私が中学生の頃の演奏ばかりのようです。
髪型が明らかに、私の中学生だった頃です (笑)。
作曲は小六禮次郎氏ということで… どこかで聞いたことあるなーと思っていたら、ゴジラの音楽を担当されている方でした。


「第52回NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲」だった、ということは、そう、ちょうど私が中学1年で弦楽部でヴィオラを練習していた、隣の、第2音楽室で中学校の合唱部が歌っていたのが最初に聴いた時でした。
その後も、校内合唱コンクールで毎年どこかのクラスが歌っていて6年間聴き続け、卒業後に母校を訪れた際も聴きました。それから20年近くずっと聴くことなく過ぎました。
最近になって「あの合唱曲、作曲はどなたなんだろう?」などと思うようになりました。
先日は、高1の校内合唱コンクールで歌った「時は流れても」は、あの池辺晋一郎先生のお仕事であったことを初めて知り驚きました。
「ミスター・モーニング」は、私は一度も歌いませんでしたが、2学期前半の学校の風物詩みたいに、秋の風に混じってどこかの教室から聴こえて来るのを聴いていたのでした。そんなふうに凄く好きな曲でした。小六禮次郎先生のお仕事だったのか。池辺先生がクラシック作曲家に対して、映像系音楽の作曲家か。

最近は合唱曲の聴き方も、作曲家視点で、歌詞から先生方が、どのようなイメージを描かれたのか、ピアノ伴奏も何故ここでこのようなリズムなのかそれは何をイメージしているのか、何故ここで突然ユニゾンにするのか、何故ここでこのパートが急激な音の上昇をしているのかとか、とかとか、楽しく想像して聴いています。


「時は流れても」は、なんだか、管弦楽編曲したいなーなどと思いながら昨夜再び聴いておりました。
ピアノ伴奏を聴いていると、クラリネットが、オーボエが、弦が、聴こえてくるのです。

この演奏も、書いてはいないけど、恐らく受賞していると思いました。
うーん……、受賞する演奏って、もしかしたら、作曲者が聴いて「おお〜そんな解釈があるのか!」と驚き感激してしまうような演奏が多いのかもしれないなあ!??。

2013年9月25日 (水)

ハープで「アルハンブラ宮殿の思い出」演奏すると…

今朝だったか、ふと、「アルハンブラ宮殿の思い出」を、ハープで演奏できるのかな!? と思ったのです。


そうしたら、夜のNHK-FMの番組が、たまたまハープリサイタルだったのです。
そこで、アンコール曲で、まさにハープで弾く「アルハンブラ宮殿の思い出」バッチリ聴くことができました〜♪。
私が気になっていた、16分音譜のたかたかたか…… は、ギターでは同音を二本の指で交互にはじいているようですが、今夜聴いたハープ演奏ではオクターブでたかたかたか…… を演奏していました。


何でしょうね、直観って面白いですね。


さあ、そろそろ、Logic Pro の使い方をお勉強しましょう。

2013年9月11日 (水)

Studio フーガの森 記念撮影再び/Apple発表会

オーディオインターフェイスがやってきて初めての、Studio フーガの森 記念撮影です。
(iPhone5にて撮影)

Studio_fuganomori2_20130911

ちょっとデモンストレーション的に機材を並べてみましたが、
機械に囲まれた中で音楽を作ることは、中学生の頃からの夢でした。

オーディオインターフェイス (TASCAM US-366) のお陰で、ヘッドホンを使用する際、finaleのPlaybackやMIDIコントローラーによる音と、それらとは独立した音確認キーボードの音と、両方を、一つのヘッドホンで聴くことができるようになりました。(以前は、ヘッドホンの下にイヤホンをしたり、と苦労しました。)

スピーカもそこそこ、よい音がしますが、作曲は敢えてヘッドホンを使用します…… いずれか作曲家として世に出られた、としたら、未発表の楽曲の作曲中の音を、一音たりとも、家の外に漏らすことは、厳に防がないといけません。ベートーヴェンが何度も引っ越しを繰り返したのも、これが原因とも言われています。(←敢えて「仕事」という言葉を使用しないようにしているのは、吉松先生へのリスペクトといえます。)

あとは、実際に作曲しながら、自分にあったデバイスにアップグレードしていくことにします。
マウスは、どういったものが私にとってベストかな!?。


♪  ♪  ♪

今日 (9/11 '13) 未明の、Apple新製品発表会、観ました。
静止画でしたね…。
日本語の生放送を開いて、心の中では盛り上がっておりました。
iOS7, iPhone5c, iphone5s リーク情報そのままでしたね。
しかし、リークはある意味、Appleにとっては「想定内」ではないか、と思うんです。
だって、リーク (leak) によって世界中で話題が盛り上がれば、結果、売り上げが上がるに違いありません。
売れればいいのですから。
今朝Appleのサイトを見たら、そのKeynoteがちゃんと動画で観られるではないですか!
少しずつ観ていきます。
私は、今のiPhone5を当面、大切に使っていきますが、iOS7はすぐに入れたいです。
既にYouTubeのアイコンがフラットデザインですよね。
発表が終わった午前2時半を超えたあたりで、体の限界を感じ (笑) 、すぐに休みました。


♪  ♪  ♪


Keynoteを観て、私、英語の聞き取り力が、前より確実にupしていることに気づかされました。継続は力なり。
甥っ子・まーくんとか見ていても、とにかくまずは聞くことだと思うのです。
話すことは、まーくんを見ていて初めて知ったことなのですが、唇と口の中と舌と歯を様々な形にして息を出して、いろんな音が出るんだ! …… まずは口から音や声を出すこと、そのものを楽しんでいる様子なのです。
それから、まずは身近なものの名前や代名詞など、単語、一語の言葉を言ってみる。
最初は発音はあやふや、それがだんだんとハッキリとした発音になっていっています。
「ここ」「やだ」といった、人間社会で自分の意思をハッキリと伝えるために、最小限度必要な、一語の言葉を、既に話しています。

まーくんは現在、1歳7か月。これからも観察していきます。
そして、人間がどのように言葉を習得していくか、を、少しでも知ることができたら、それを英語を始め、外国語の習得に応用していくつもりです。

2013年9月 8日 (日)

夢は叶えることより、そこへ至るまでの努力こそが大切。

夢を叶えるには…… いろいろな本を読みました。そして悉く叶いませんでした。


今回、オーディオインターフェイスモニターに選ばれなかったことがきっかけで、自分の音楽が、何もかも中途半端であることに、初めて気づかされました。


ありとあらゆる準備や努力や熱意にも関わらず、夢が実現しなかった。
今回、何に気づいたか、というと、夢を叶えることよりも、そこに至る努力や勉強や実践こそが大切である、という、当たり前のことでした。


高校1年だった私が、音楽教室の院長先生に、「シンセサイザー奏者になりたい、音大作曲科へ行きたい」と告白したのに対して、絶望的な言葉を浴びせられ、教室を飛び出した直後に、姫神の故・星吉昭先生にいただいた (ファンレターの) お返事に書かれていた言葉。
「……その結果、貴女は音楽家になれないかもしれない。しかし、少なくても、このようにして積み上げていくことは必要なのです。これには期限がありません。いついつまでならよいが、何歳からはやっても無駄だ、ということはありません。この際、未来のことに結果を求めず、その過程を大切に考えよう。一生懸命その過程を充実させるべく努力していたら、今の僕が生まれたのです。少なくても、僕は結果は考えなかったのです。」 (← これは「そら」で今回書き入れました。)


20歳の頃、学校法人OAスクールに入学して間もなく、とても印象的だった言葉が『究める』。
「成功の秘訣は、一定の目標を立て、それをどこまでも変えずに突き進んでいくことである」(A. カーネギー) という言葉も大変印象的でした。
このOAスクールで1年4か月程、一生懸命努力し続けた結果、ある程度の収入を得るためのスキルを身につけることができ、現在に至っています。(但これは、音楽家になるまでの「つなぎ」が目的でしたが。)


叶えたい夢を詳細かつ鮮明に何度も思い描いて、日々プラスのパワーをためて…… だけでは、絶対に叶わない夢があるということを、私自身が証明してしまいました。


今回、夢は叶わず、モニターには選ばれなかったのですが、応募までの一か月は素晴らしかった。
本当にいろいろなことを勉強できたし、作曲スタジオを構築するために、いろいろなヒントをいただけたし、構築が早く進んだのです。
それ以前に「オーディオインターフェイス」なるものの存在を知ったこと。ぶっちゃけ、ある意味、これだけが、今回の最大の収穫でした。


夢は、叶えるための、努力や勉強、準備、実践こそが、大切な天からの恵みである、ということを、ようやっと悟りました。かつての、星先生のメッセージや、OAスクールで聞いた言葉が、深く心に沁み入ります。


だから、2020年東京五輪の開会式の音楽担当…… これとて、この夢を実現することそれ自体は結果に過ぎなく、そこへ至るまでの私の経験や努力の全て、それこそが私にとっての財産だと思っています。

(「音楽担当します」宣言のブログ記事は、NHK「らじる★らじる」で「トーキョー!」のIOC会長の言葉を聞いた、数秒後のUPでした。)

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