見学を終えて
約1年8か月分の、吉松センセの大河ドラマ「平清盛」音楽ご担当者としてのお仕事のブログレポートを永久保存ファイリング。
……プリントアウト済の紙記事のこと。A4で約2cmの厚さになった。穴をあけて全て綺麗に閉じた。ちょっと重い。
改めて日付で並べてみたら………けっこう、歯抜け箇所が少なくない。震災前後は全くプリントアウトしていなかった。
とりあえず改めてのプリントアウトはせず、このまま保存することとする。
ファイリング作業していて………改めて、終わったんだな、と実感。
今になって読んでみて、あ~そういうことだったのか、と納得したりとか。
2010年10月21日の「鬼が笑う仕事」のほのめかし記事から全てがはじまり、2010年末には雅楽の専門書を10冊以上お勉強されているということに正直驚いた。「平安ブログレ」なんてコトバはこの最初の頃しかセンセの記事には出てこない。それらが果たしてどのような音楽に実を結ぶのか、楽しみにしてきたのだが、ああ、こうなったのか。
そして仕事であるからには、勉強や研究は必要であるが、あまり深く考え過ぎず出来ることをやることも必要、省力 (手抜き) も必要であること、或いは過去の実績がものをいうという事実。
現実的にコスト削減は必要で、その中で如何に音楽的に素晴らしいものが創れるか……大島ミチル氏は劇中音楽をご自身で指揮されたし、吉俣良氏はピアノパートはテーマ曲、劇中共ご自身で演奏された。佐藤直紀氏はシンセもかなり併用されていた。またどの方も「室内楽」をうまく使用されている事実。コスト削減と最小の人員で最大限の表現をする、というのが大河を始め公共放送NHKのお仕事では必要なのだと思う。そういう意味では吉松氏は最も不効率な芸術的アプローチを公共放送の音楽 (映画や演劇のように興行で収益を上げられない) でされたというのは、氏は「プロ」作曲家ではなく、明らかに音楽の神に遣われた音声 (おんじょう) 菩薩 (←音楽の神そのもの、というような意味合い) なのだな、と。 (わたくしは有神論者なものでこういうコトバになる………。) 但し後世に残る可能性は最も高い。それを可能としたのは氏の音楽を愛する関係者の皆さんの夢と尽力あってこそ。
私は決して焦らず、今自分のできることからひとつひとつ自分の音楽の世界を築いていこうと思っている。
将来、こちらのプリントアウトファイルを教科書に大河ドラマのお仕事をさせていただこうと思っている。
………あくまでも反面教師として!??
注:個人使用限りです。第三者に渡すことはございません念のため。
P.S.
最終決戦だった、佐藤直紀 vs 吉松隆 ですが、
これは、永久に決着はつかないでしょう。ここで決着をつけたら失礼になると思う。
だって、180度違うタイプの作曲家ですから。
但しわたくしとしてはどちらからも学べたし、いいとこどりというか、いい部分のDNAはきちんと受け継ぎたい。
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