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書籍・雑誌

2012年8月18日 (土)

あるがままとは……。

最近読んだら、まさに私に今必要なことがたくさん書かれていました。


「こうあるべき」「こうするべき」「こういうものだ」の枠に囚われていると、人はストレスを抱えてやがては病気になってしまう。


グールドのところで書いたけど、「変わり者だったというのは、ただただ、自分の望むとおり、自分らしく生きただけ。自分らしく表現しただけ。「こうあるべきだ」に囚われなかっただけ。
そういう人こそ本当に自分らしくストレスを抱えずに生きられるのだと思う。


いわゆる「あるがままに生きる」ということだけど、「あるがまま」は「わがまま」とは違う。
「わがまま」は、人の「あるがまま」を捻じ曲げようとして、「こうあるべき」「こうするべき」「こういうものだ」の枠にはめ込もうとすること。
「あるがまま」は、人のあるがままをあるがままに捉えて自分もあるがままであること。
つまりは、人の「あるがまま」を捻じ曲げようとすることに対してさえも、あるがままであるというのが本当のあるがまま。
(禅問答or論理学みたいですね………)


私は、12歳から40歳まで、人が定義する「こうあるべき」「こうするべき」「こういうものだ」に囚われてしまい、結局は病気になってしまった。最初は、母が私が普通の女性でないことに気づかず、であった。
長い間、そんな母を許せなかった。何でわかってくれなかったの!? とか思っていた。
だけど、今はその過去の事実さえもあるがままに捉えている。


人にも、自分にも、素直に。


私が体を壊すきっかけとなった、群馬県の山奥への鉄道趣味通いのことを改めて思い出す。
何が良くなくて体を壊したのか? ではなくて、あの時どうすればストレスとならず、互いに楽しいままでいられたか、と考える。
いろいろなことがあって、そのありとあらゆることに不満を抱き、腹を立てていたのだった。
そうではなく、この場所はこういうところなんだ、この人はこういう人、私はお客さんだからお客さんらしくするべき、と、現状の何もかもを素直にあるがままに認めればよかったのだ。
また、私自身にも素直でなかった。これは好きだけど、これはあまり興味がない、ということを鉄道に深く入り込んでいる仲間にハッキリと伝えればよかったのだし、今日は体調がいまいち、という時は無理をせずに自分の健康を第一に、早く帰らせてもらえばよかった、誤りをしてしまった時は「ごめんなさい間違えました、すぐ直します」と間違えたことを素直に認めて素直に謝って素直に訂正すればよかった、だとかいろいろ思い返す。
決して後悔ではなく、よりポジティヴにこうすればよかったのだと考える。そして昔には戻れないから、今、そのようにすればよい。


「この人 (達) と仲良くしたい、だからこの人 (達) が好きなことを私もやれば、仲良くなれるだろう」
という考えはもうやめよう。
あるがままの自分と、あるがままの相手で気が合ったら、その部分だけで仲良くなれる。
もし仲良くなれなかったら、それはご縁がないだけ。


貨物の元女性運転士の E.I さんが大好きだった。今でも好きだ。数日前も夢に出てきた。
彼女と友達、できれば親友になりたかった。鉄道の町・田端を一緒に歩いたり、機関車を眺めながら食事して鉄道談義をしたかった。
でも友達にはなれなかった。一度だけ彼女の会社の玄関ホールの応接スペースで会うことができた。が、その当初から、なにか彼女は私を敬遠するみたいな態度だった。
メールは数回やりとりしただけ。それもやけによそよそしかった。会社のメールアドレスは教えてくれたけど、個人のメールアドレスは教えてくれなかった。絵文字さえ一度も使ってくれなかった。
だから私は、ストーカーの一歩手前まで行った(10年前の話)。
彼女の勤務する鉄道会社の建物やその周辺、自宅のあると思える駅前や、出身大学の鉄道研究会の部室の入口まで見に行ってみたり………あともう一歩でストーカーになるところだった。
しかし未だに彼女とは友達にはなっていない。
なにをこだわっていたのか。そのこともあるがままでよかったのだ。ご縁がないのも必然。
ご縁がない人にこだわって追いかけていると、本当に素晴らしいご縁と巡り合えなくなる恐れがある。


他にも、H.Y. さんという、エレクトーンで出会った素晴らしい方に、ほどなくひどく嫌われて縁を切られたこともあった。
その後何年もその方と再び仲良くなれるよう、いろいろと努力したが全く無駄だった。その方はエレクトーンをやめられてしまったのだ。
しかしそれでよかった。私自身もエレクトーンの限界を知ってしまったから。
短い間だったけど、その方から得ることのできたものは大きい。
そして今でも、この方が出入りしている、とあるブログに書きこんでいるコメントを、こっそりROMさせていただいている。
その自由闊達な生き方。恐らく妻子はいない。私はこの方から何か大きなエネルギーをいただいている。なによりも、彼こそが「あるがままに生きる」人そのものだと思うから。こんな関係でいい。
その後、もっともっと素晴らしいご縁があった。やはりご縁のない人や物にはこだわらないこと。あるがままに従っていれば正解だと思う。
ご縁さえあれば、どんなに浅い関係に見えても、ちゃんと見えない糸でつながっている。


14歳の決意。


夢=天命ということ。
あの14歳の時の決意を、なんとしてでもカタチにしなくてはいけない。

………1987年の春、東京・北の丸公園の科学技術館で開催された「地球大紀行展」の展示ラスト、大音量のテーマ曲と大画面のイメージ映像が繰り返し流れる中、「私も、このような多くの人たちに聴いていただける音楽を作る人になる!!」と、強く、つよく決意したこと。


そして、体を壊し出した頃ほぼ同時に、右指の障害をいただいたことも、何か「あなたは演奏ではなく作曲をしなさい」という、天からのメッセージのような気がする。
実際、ピアノを何年弾いてもさほど上達しなかった。にもかかわらずそれを「いづれか芽が出る」と信じやめなかった。「14歳の決意」をほぼ忘れてしまっていた上で。
そうしたらある日突然、指の神経のつなぎが一本切れたような状態になってしまったのだ。動くけど、動きにくい。
医学的な問題はさておき、これは私にとっては有難いメッセージだった。結果として「14歳の決意」を思い出すこととなったからだ。
指の障害がなくては、恐らく「14歳の決意」を思い出すことなく、ヘタなピアノを今でも弾き続けていたかもしれないのだ。ピアノは私のいちばんの天命ではなかったのだ。


実際、作曲に限っては、指の障害はほぼ支障にはなっていない。


自分にも、人にも、ものにも、現実にも、素直になれば、世界は変わる。

2011年9月15日 (木)

「人は死なない」売り切れ!?

「人は死なない 矢作直樹著 バジリコ 1365円(税込)」
先日発売されたばかりなのに。
ぐずぐずしていたらいきなり売り切れか~。
アフィリエイトも張れない。


死者を供養する、僧侶の皆さんが異口同音に「死後の世界などない~死んだら無があるのみ~死んだら怖いでですね」とおっしゃる。
確かに、おしゃかさんはあの世のこととか一切言っていないし、そういうことを考えること自体を戒めていた。
でも、言っていない=存在しない、ではないのだと思う。
いくらおしゃかさんのポリシーであっても、それをうのみしてしまうと、今生きて苦労することの意味がわからなくなってしまう。
輪廻転生というものがあるということで、初めて、今生きる意味がわかる気がする。


むしろ、スピリチュアルなんて世界には触れるべきではないような、お医者さんとかの方が、科学的に考えて、これはヘンだ、結果として死後の世界はあるとしか思えない、魂があるとしか思えない、という結論になるのだと思う。


この本ではないが、以前読んだ本にあった話。
生命維持装置のスイッチを切った直後に心臓が停止した。
~本来ならば、今まで流していたものがあるからタイムラグが必ずあるはずなのに。


そういった体験を、僧侶よりも、医師の方がはるかに現実的に科学的に目撃・体験されているに違いない。
そういった生の話をたくさん読んでみたい。
もうちょっと待ってよっと。