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映画・テレビ

2012年7月29日 (日)

第30回 「平家納経」

ロンドンオリンピックの関係でいつもより2時間2分遅くOnAirがはじまった。というわけで、もうしっかりバッチリ鑑賞しましたよ。


なんだか、凄かった。
呪詛し続ける崇徳上皇がホラー映画みたいで。演出がちょっと大袈裟だった。
第2部ラストを飾るのに相応しいというか。 (^_^;)
というか、舌を噛み切った時点で死ななかったのね。
私は、あれで崇徳は死んで、怨霊となって呪詛し続けていた、そしてある程度それを続けて何人も呪い殺して気が済んだから、ようやっとあの世へ旅だった……というふうに捉えて観ていました。
そうではなくてしばらく死ななかったんですね。
何一つ思いのままにならなかった一生か……


だけどさ、崇徳さんに言いたい。流刑の地・讃岐の人びとの「上皇さん」温かいよね。


写経を運ぶ平家の一門の船が不可解な嵐に遭う。
この嵐のシーンの前半の音楽がまた効果的。

ひどい嵐に崇徳の怨念を疑ったが、彼らは決してあきらめなかった。
兎丸や、盛国etc... 元海の男たちは、その技と腕と負けん気を未だ失ってはいなかった。彼らが前向きに、荒れ狂う海に立ち向かう姿は素晴らしかった。


そう、前向き!希望!! これにはどんな怨念たりとも勝つことができなかった!!!


そして、無事に写経を厳島神社へ奉納。神仏習合ですね♪。


「平家納経」写経のシーンの、サイバーバード協奏曲の、これはフィナーレですよね!? こういったシーンに採用するとは……。


サイバーバード協奏曲は、ええっと、検索で訪れた方のために書いておきます。今回の平清盛の音楽担当者「吉松隆」の、過去のクラシック作品を改めて録音したものということです♪。*


絢爛豪華な納経=免罪符!??


ともあれ、兎丸好きだな~@架空の人物みたいだけど。時々大河の架空人物、面白いのがいるよね。


ラストは再びマンティコア@タルカスですね。
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「博多を都の隣に持ってくるぞ」とは、一体!??


第3部が楽しみです♪。


*「サイバーバード協奏曲」の、わたしのイメージは以前書きました。改めてここに書いておきます。

ワルばかりやってきた若い青年の主人公がある日、いつもの街の一角で不思議な時空の歪みに遭遇し、もの凄いトルネードスピンの中に放り込まれてしまいます。気が付いたらそこは「インターネットのサイバーワールド」でした。間もなく現れた「サイバーバード」と名乗る鳥の神の背に彼は乗って、インターネット回線を飛んで暫し世界中を旅し、そしてその特別な視点から、この世界の、美しいもの、素晴らしいもの、面白いもの、悲しいもの、酷いもの、怖いもの、目を覆いたくなるもの、ありとあらゆる森羅万象を見てまわるのです。
そのことで主人公の心は鍛えられ、とうとう彼はある大きな決心をします。そのことをサイバーバードの背上で告げたら喜んでくれて、「おめでとう、あなたがそう決心する時を待っていたのです。では元の世界への近道まで送りましょう」そしてお世話になった鳥の神サイバーバードにお礼を言って別れを告げ、彼は来た時と同じ、もの凄いトルネードスピンに飛ばされ、元の世界へと戻っていくのでした。


♪♪♪♪♪♪


P.S.
私自身の基本的意識というOSを完全に入れ替えている時期です。ですからかなり不安定な時もあります。
でも、今・ここ・わたし以外のものに囚われていた時には気づかなかった、私自身の本当に好きなものが段々と見えてきました。
理屈のない心からのワクワクは魂に与えられた天分であるということ。先日直観で購入した本にこういったことが書かれていました。


バッハが弾きたい。


改めて、再びバッハを弾いてみたくなりました。11年前に突然障害を持ってしまった右指も、何故だか少しずつ「自分の意志」を取り戻しつつあるのを実感します。あのグレン・グールドにも負けない演奏がしたい。ともあれ再びピアノ曲を弾くことで、かつて怖気づいていた私が、今ではもっと自由でいい、それをよしとしないのは先生方が何も分っていないだけ、と思うのです。作曲家の立場というものを暫しみてきました。ピアノを弾いていた頃、「作曲家の意図は!?」ということを考えさせられ、それに従うことを求められてきました。そのことで私の心は萎縮するばかりでした。ところがあのグールドのバッハはどうだ!? 私は思います、バッハは天の上から、グールドの演奏を心から喜んで聴いておられるのだと。作曲家は自身の作品たちを従う独裁者ではないのです!自分の作品がどのように解釈・演奏されるかを楽しみにしているということを私はここ最近、曲がりなりにも作曲家ごっこをやってみて、初めて知りました。そのことで演奏の際も、作曲家の意図とやらに縛られるのではなくて、むしろ「作曲家を驚かせてやろう、そして大いに喜ばせよう」という気持ちで弾いていいんだな、ということを悟りました。ピアノの先生方の多くは作曲は学んでおられませんから、そのことをご理解いただけなくても仕方がないと思っています。


ちなみにグールドも作曲家志望でした。但し天がそれを全面的に許すことはありませんでしたが、少なくともグレンは作曲家の立場になる体験をし、そのことでより自由に弾くこと、思ったように弾いていいんだということを悟ったに違いありません。


高校卒業後15年くらい、さほど上達もしないのにクラシックピアノを弾いていました。
5年前に再びエレクトーンを弾きだしたのは、ピアノでクラシック音楽を演奏することがどれほど不自由でがんじがらめか……そのことに嫌気をさしてしまった結果です。ポピュラー音楽の世界では何一つそういった制約はありませんから。ところが今度は「エレクトーン」という楽器の限界にぶつかってしまいました。そうして作曲に興味を持ちだし、中学生の頃の自分の夢を再び思い出しました。作曲家の世界を少しずつ覗くうちに、作曲家の気持ちが段々とわかってきて、ピアノを弾くにも、もっと自由であることこそが、パラドックスですが作曲家の意図に適っているということがわかったのです。


以上、まとまらない文章ですみませんでした。


2012年7月24日 (火)

平清盛 (29) 滋子の婚礼

欲による思惑 vs 心からの望み のせめぎ合い。


「上西門院 統子」の白ネコかわいい♪


新しい音楽がどんどん出てきてすごく楽しかったです。
「あそびをせんとやうまれけむ」が更にいろいろに……チェレスタとか使って。
船上のシーンの音楽とか素敵ですね。
(どこぞで聴いたことのあるような) マリンバの繰り返しだとか、ノンヴィヴラートのキレイではないヴァイオリンソロだとかもよかったし、滋子の婚礼の、宋国の音楽と思しき、が、笙を白玉ではなくタンギングで、刻みよく吹いていたのがもの凄く新鮮・印象に残りました。


テレビ番組創るって大変なことです。しかし放送はあっという間です。
ほんの数秒にどれ程のエネルギーを注ぐか (高校の放送部でそれは体験したから知っている)。
音楽も同じ。あ~あのとき、センセが、鬱になりながらも懸命に命をすり減らして創作された、その成果は、あっというまに流れて消えていきますが、少なくとも結果として込められているものは、やはりタダものではないと思いました。
これらを聞いた子供で「私も大きくなったらこういうドラマの音楽創る人になる!」と決心する子がきっといるに違いない。かつての私のように…… (きっとあなたの恩師にその夢をあきらめるようにと言われるかと思うけど、それを気にせず努力し続ければ夢はきっと実現する) 。*


♪♪♪


……とか書いていて………なんか……もう……空しい。いやになってしまった。吉松センセのお仕事を賛辞する時期は終わった気がします。もの凄く空しい。
生意気かもしれないけど、わたしにとって吉松センセは商売敵という存在でありたい@「放送・商業音楽作曲家」としての、ですが!!。
そしてたとえショボくても私は私の音楽世界を創りましょう。私に天から授かってきた様々な嗜好を大切にしたい。
10年後の東京オリンピック!? で、開会式のアトラクションの音楽を担当する人に私はなりたいから。


あ~、でもね、大河のお仕事を終えられた「クラシック作曲家」としてのセンセのファンでは相変わらずあると思う。
時々思うんです。センセ、若い頃から独自世界を築いて苦節されてきたから (引かれているレール上を進むのではないからもの凄くエネルギーを消耗したことでしょう、それで)、そろそろ疲れてこられたのかもしれない。
ぼちぼち作曲家を引退され、あのシベリウスみたいに30年以上ご隠居されたとしても、まあそれは仕方ないかな……というあきらめの気持ちはあります。


しかし、本音書けば……作曲しない吉松センセなんて好きぢゃない!!!
ねっ皆さんそうでしょ!? 賛同する吉松ファンの皆さんは拍手ボタンを……って、ないんだこのブログ(^ ^ ;)


だけど人のことなど知ったこっちゃない。
私は、あの吉田秀和さんみたいに死のその日まで仕事し続けたい。


*心からの夢というのは、その人だけに天から与えられた役割だそうです。
それを叶えることで、自分だけでなく周囲の人たちや世界までも幸せにする。
だから夢を諦めさせようという意志には絶対に従わないこと。
今回出てきた滋子だってそうやって (望まない縁談はハッキリと断ったりして)、 夢を叶えたのだと。

2012年7月20日 (金)

新鮮!サイバーバード&タルカス・マンティコア

平清盛 第28回「友の子、友の妻」

やっと観ました~@7/15 '12 放送。
なんだかこの頃から、清盛も独裁者の匂いが……。

Kiyomori28

サイバーバード&タルカス・マンティコア

新鮮!!!!!

どきっとしました。

そして「♪♪♪…… おおっ、これは ……… キターーーーーー (≧∇≦)♪♪♪」
と、心の中で叫びました (恐らく)。

吉松センセの素晴らしいお仕事に拍手!!

使われる場面と共に見事。選曲ご担当者さんにも拍手!!


マンティコアは、あれですよね、このオーケストラタルカス最大の難所!?? トランペットさんにとっては 。
編曲者はわかってるんですよきっと。はいここはちょっと頑張ってもらおうかな~って、奏者はひどく苦労するだろうなーって。編曲者の遊び心とか、半ばマジ心とか……!?
で、CDよりも小編成(!?) &残響の少ないスタジオで奏でるオケタルカスもなんだか別の魅力があっていいですね。権利の問題あってCD出せないというのが残念ですね。


まあ、平安末期にこれらの音楽が合うわけない、という考えは捨てましょう。

観るのは21世紀を生きる私たちなのですから。

深く考えなければ、もの凄くインパクト大な選曲ですね。

ねっ、セ、ン、セ!!

(*^-^)


* * * * *


源頼朝に沙汰を下すところで、清盛が頼朝の父・義朝を重ね、吠える。


お前はそれで気が済むだろう。
ただ一心に太刀を振り回し、
武士として生き、武士として死んだ。
そう思うておるのだろう?。
だが俺はどうだ?。
俺はこの先も生きてゆかねばならぬ。
お前がおらぬこの世で
武士が頂きに立つ世を切り開いてゆかねばならぬのだ。
それが如何に苦しいことかわかるか?。
いかにむなしいことかわかるか。
だが俺は乗り越える。
乗り越えてこその武士じゃ!。
醜き事にまみれようと、必ずこの世の頂に立つ!。
途中で降りた愚かなお前が見ることのなかった景色を。
この目で見てやる!。
その時こそ思い知れ!。源氏は平氏に負けたのだと!。
あのつまらぬ乱を起こしたことを悔やめ!
おのれの愚かさを罵れ!。
俺はお前を……断じて許さぬ!。


誰が殺してやるものか。
まことの武士はいかなるものか見せてやる。
源頼朝を、流罪に処す。
遠く伊豆より平氏の繁栄を、指をくわえて眺めておれ!!!


涙が出ました。
これは、素晴らしい名台詞として後世に残してほしいと思いました。

2012年7月 7日 (土)

わがままだった。信西も、私も。

第26回 2012.7.1放送 「平治の乱」
ようやっとビデオで観た。(間もなく再放送がOnAirされるがその前に。)
何故、信西は憎まれ、命を奪われてしまったのか………。
結局のところ、わがままだったのではないか!??
いくらそれ自体は正しいことをやっていようと、周囲との調和がなされていなければそれはよくないのだ。
そして周囲の不満を募らせてしまった。


それは、私自身が今、病気によって家族に取り囲まれ今生最大の極限状態を日々味わっている故に共感するものがある。
いくら私自身がよいと思った選択でも家族がよいと思わなければ家族に不満に思われ、家族には協力してもらえない。家族に賛成・協力してもらえないというのは、神さまにそうしていただけない、神さまが反対している、ということである。
しかし、家族の意見に対して素直に聞くことをすると、不思議に家族のみんなは穏やかになり私自身も穏やかな気持ちになり、体調もよくなってくる。


わがまま放題、家族の気持ちも無視してその時の嗜好と思いつきであれこれやってきた私が今、家族に取り囲まれている。何とかしろと。私は極限に追いやられている。
全て私が蒔いた種。
しかしお陰さまで目が覚めた。何故こうなってしまったのかがわかってきた。どうすれば子どもの頃の夢を早く叶えられたか、もわかってきた。


それと、毎週の大河のOnAirも、もっとあるがままに素直に観ることとしよう。特に音楽を、もっとあるがままな気持ちで楽しく聴くこととしよう。


P.S.
信西が自害した直後の、約10秒の無音には正直驚いた。
その後の音楽がレクイエムの聖歌のように聴こえた。小市民劇場に何度か出てきたハミング (といのかな!? ah ~~の) 歌を思い出した。

2012年6月16日 (土)

悲惨だぁ~~×(>_<;) @平清盛 第23回「叔父を斬る」

ようやっと再放送で初めて観ました。平清盛 第23回「叔父を斬る」

悲惨だぁぁぁ~~×(>_<;)
泣きました。


なんというか………司法制度が未だなかった時代の裁きとはこうなってしまうのかもしれない。
別に帝への謀反の意志なんて毛頭なかったんじゃないの!?
むしろホンネというか本質は、家族の対立だったわけで。
そういった事実を、もし司法制度があって裁判の場でじっくり弁明すれば、別に死罪にするほどではないということが判明するわけで。或いは最悪、死刑にせざるを得なくても執行はしないようにするとか、いろいろな執り行い方法が考えられるわけで。
それらは長い人間の歴史の中で数知れない人々の犠牲と思惑とが、こうしたほうがいいんじゃないか、とシステムを改善していく。そうして司法制度が誕生した。さらに21世紀の今は死刑制度の是非が問われ続けている。こうして人間の世界は根本的によりよい方向へと変わっていく。21世紀の今現在その旅の途上なのだ。


司法制度がまだなかった事実は仕方ないとして、忠正が清盛をわざと怒 (いか) らせようと、最期に例の罵りを言い、そして「斬れ~!!!」 その辺は大体私が予測していた通りの進行だった。


ただ、これから最期の場へ向かわんとしたその時、清盛の三男・清三郎が、竹馬はできたか、聞きに来る。あの二人のやりとり。あれは製作者のもの凄い感性を観じた。


大河ドラマで示された内容に関して、総てを共感は出来ない。
とりあえず、ドラマの中ではそれで納得、でしかない。
だって、昔々の物語なのだから。戦なんてものは所詮は人と人との殺し合いなのだ。
人間の精神は進化しているから、数百年前のものの考えが今とは合わない箇所があることは重々承知した上で観ている。
だからそういった今とは違う部分はあるがままに認めざるを得ないとして、もっと普遍的なことは今の世の中に発振されて人々に影響を与えていく必要がある。


どんなに対立しようと憎しみ合おうと家族の愛は消えない、そういったことをいいたかったのだろうな。


ちなみに私は、子供の頃から漫画やストーリーを楽しめないことが多い。
これはフィクションなんだ、漫画なんだ、と割り切れず、現実と照らし合わせてこれはおかしい、と思ってしまうのだ。ドラえもんなんて楽しんでおきながら楽しめずに腹を立てることしばしば。
こんな私が大河の音楽を担当する人なんかになれるのかなあ!??
日本史だって勉強していないんですよ!。
だって、高校三年で日本史の択れない商業クラスに入ってしまって、代わりに商業複式簿記や珠算やパソコンやワープロを学んだもので。


:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+


さて、今朝久しぶりに坐る。
今までの、自分を殺していたような生き方はもうお終い。
やりたいことを楽しんで、やらないといけないことを全て受け入れてそれらをも楽しむ、そんな後半生を始めたい。
そう思っていたら、先日、NHK-FMで偶然、チベットの尼僧の歌声を聴いて、何か自分の中に眠っていたものが蠢いた。
坐る、というのは瞑想のこと。坐禅というほどの正しい作法ではもう坐りたくない。しかし果たして瞑想なのだかどうか。雑念も考えごとも全然OK。とにかく結跏趺坐で背筋を伸ばしてひとり静かに坐るだけで意識が違うところに繋がる。そのひとときをただただ楽しむ感じ。それだけです。それが本当に楽しい。
久しぶりに坐ったから足が痛くなった。
できれば毎日そういった、自由に静かに坐る時間を持ちたい。できれば死ぬまで。
子供の頃、父が言っていたが、うちは椅子の生活なので足が汚くならない、ということを自負しているようだった。
しかし、毎日瞑想のために坐れば確実に脚 (の形状) は汚くなるでしょう。それでいいと思っている。脚の形が多少なりとも歪になってしまった頃には、足が痛くならずに坐れるようになっているはずだから。


子供の頃からひとりで居ること、ひとりで遊ぶことが好きだった。ひとりなのを寂しがっている様子はなく、楽しんでいる。それがちいちゃな頃のともみちゃんだった。
高校生くらいで、押し入れの暗い中で坐禅を組むとか、そういったことがもの凄く幸せを感じた。
とにかくひとりの世界が好きでたまらない。そういった感覚が今でも全く変わらない。私はそういう人なんだってことを想い出す。そうだそれでいいんだ。


それと祈ること。祈り方を教わりたい、という気持ちが以前からある。
私はあまり信仰心などというものはないのだけど、ただ祈るということをきちんと師について教わりたい。
なにをするにも、まずは健康を取り戻してからである。

2012年6月 4日 (月)

第22回「勝利の代償」

今朝観た。
鸚鵡が最後の力を振り絞って父・忠実の前にやってきて「チチウエ……チチウエ……」と叫んで果てる。
源氏でも平氏でも藤原摂関家でも朝廷でも身分が高かろうが低かろうが、みんなにそれぞれの愛すべき家族がいる。
家族の絆か。立場上のしがらみか。


それにしても………昔は今みたいな司法制度がなかったから、こういったドラマを観るとすぐ短絡的に死罪にしてしまったりその場で斬ってしまったりした。2000年それ以上の昔の「目には目を、歯には歯を」などが21世紀の今、果して正しいことかどうか………結論からいえば人間の集団意識というのは昔と比べるとレベルが上がっている。刑罰というのは人間の魂のレベルの鏡映しといえる。
魂の向上。それこそが地球上に人の世を築く真の目的。
昔は今の一側面。大河ドラマそのものが数十年前と比べて進化している。そして全ての問題ある出来事の根源とは人間の欲に他ならないことに、このドラマを観てどれほどの人たちが気づくことだろうか!??。 或いは家族の絆が失われつつある今の日本の人たちがその大切さに気づくだろうか!??(本来、「年金」などというものも「老人ホーム」などというものもなかった。家族の絆がもっと深まればそれらは段々と必要なくなってくるはずなんだ…)
歴史は今でも繰り返されている。決して昔の事ではないといえる。大河ドラマを観ることで「今」を観じるのに他ならない。
よくよく考えてみれば、先の戦争は「お国のため」と家族を犠牲にした。国というのもある意味で大きな家族なのだけど、小さな家族の集合体ではないか!? 小さな家族を犠牲にして国の繁栄はありえない。一人ひとりの幸せなくして世界の幸せはありえない。私はそう思うんです。
こういった21世紀に創られる歴史ドラマで、何が正しいのか、答えを突きつけてきているのではなくて、「みんなで何がいちばんよいのか、どうすればみんなが幸せになれるのか、考えましょう」 という製作者たちの集合的意識を私は観じる。

2012年4月18日 (水)

今年の大河はつまらないんじゃなくて奥が深いんだよね。

やっと今夜観ましたよぉ~@平清盛 第15回「嵐の中の一門」
なんか、話が複雑、登場人物も複雑ですね………。
最初の話から通しで、2回くらいビデオを繰り返して観てみないとわけわからないよぉ~@そんな時間はない……。


家盛 (清盛の弟) が死んだのは、このまま生きていても………という絶望の気持ち故にということか。
あのもののけみたいな内大臣頼長との××シーン (第14回 家盛決起) は確かにインパクト大だったのだけど、それが、「視聴率を少しでも上げるためにはアダルトなシーンも……」というスタッフの気持ちだったのだか、どうか………結果として安っぽい内容になってしまわないことを祈りたい。


あのね、今回の大河は、今までになく、深いですよ。本物ですよ。
視聴率の問題ではないです。本物故です。逆にいえば10%はキープしている。あの難しい複雑な内容で、です。これってスゴイです。


ワタクシごとですが……留守録していたのですが、せっかくの「紀行」新曲が、尻切れトンボ× くやし~い×× なんでだろう、時間ズレたりしたのかな!?。土曜日にまた録ります。


なんというか、ここ数年の大河の傾向なんだけど、「家族の絆」の大切さ、これだけは今回の大河でも大切なテーマな気がします。


音楽は……… 正直、そろそろ新曲が聴きたくなってきました。
今回は、主な登場人物のテーマ (ライトモティーフ) という方法を採らなかった、というのは、正直驚きました。しかしそれは、音楽担当者が「映画・放送音楽」専門ではない故であることはわかります。ですから音楽の中身で勝負、というのも一つの方法だったとみえます。ただそれがやがて「またこのメロディか~」イントロだけは真新しい感じに聴こえるが、テーマに入ると「あぁ~またこれね」と段々なってきているのは、もう4月だから仕方ないですね。そろそろ新たな劇中音楽の登場を楽しみにしています。もっともこれは、映画放送系作曲家の場合でも、最初の第一期は、たとえばオープニングテーマ曲の変奏曲ばかりが、あららまたかぁ~だったりしたのが、第二期以降は面白い曲が登場するなんてことがあったりするんですよね。とにかく一年間の長丁場故の、音楽担当者さんやスタッフの成長みたいなのがまた面白いのも大河の魅力です。


「勇み歌」唯一あの曲を聴く度、「あぁ~コレは確かに、吉松先生の曲だよな~」と思うのです。
人によってはプレイアデス舞曲集の中の曲!? * だとか、アヴェマリアだとか……… 私はそれらは未だCD音源では聴いていないから (基本的にピアノ曲は聴くものではなく下手でも自分で弾くものだと思っているから。それと申し訳ないが、ピアニストではない作曲家のピアノ曲にはちょっと疑念を観じてしまうのは私だけか!??)。

*「ど ふぁ ふぁ そ そ らそふぁ れ ふぁ……」ってピアノソロ曲のこと。


~~以前、(別のブログで) ホンネを書きまくってしまったら、まさかと思ったがなんとそのことに関する本人が読んでいて、深刻なコメントを非公開で入れられたことが実際にあった。ヨシマツセンセ、ゴメンナサイ、どうか目くじら立てないでください………。
o(*^▽^*)o \(;゚∇゚)/


大河の作曲家としては………私の中の決勝戦 @佐藤直紀vs吉松隆 は未だ決着はついていない………。
佐藤直紀氏の龍馬伝も凄かった。テーマ曲の前、いきなりグレゴリオ聖歌風オリジナル曲が出てくるとかで度肝を抜かれた。なんだろう、氏の前世と関係しているのか、どうか!??。


また書いちゃうのだけど……… 大河というよりかは、それ以前にNHKスペシャルね……… かつて15歳のトモミちゃんが「地球大紀行」でヤラレてしまったことは、今でも忘れられない。そのちょうど一週間くらい前に「山海塾・卵熱 (うねつ) ~卵を立てることから」のNHK教育テレビでの放送を偶然に観てしまったこと。「なんなんだ、この不可思議な音楽は!??」 間もなく同じ音楽家が一年もののNHK特集の音楽を担当されることとなったことを、素晴らしい音楽と映像で知ってしまったこと。程なくして科学技術館 (東京・北の丸公園) で開催された「地球大紀行展」の展示のラスト、大画面の映像と音楽に向かって「私も大型NHK特集の音楽を担当させていただく人になります!」と強く、強く誓ったこと。私は「作曲家」になろうと思ったのではなくて、とにかく大型NHK特集 (スペシャル) の音楽を創って、番組のテロップに私の名前が載ること、それをかつての師匠に見ていただくこと、を夢見たのだった。このことを改めて思い直す。
いつか夢叶って、予定しているように、吉川洋一郎さんに、私がNHKから頂いたお金のちょうど10分の1 (一円単位まできっかり!) を対面して現金でお渡しすることが夢。残りの9割も、決して暮らし向きには使わず、全額、何か世のため人のためになることに使用したい**。その後、大河の音楽担当の夢が叶ったら、仕事が完全に終了した直後に吉松先生に正装でお会いして、やはりちょうど10分の1の金額をのし袋にでも入れて(笑)対面でお渡しいたします。そしてその翌日に私は死んでしまってもかまわないと思っている。 (←ぉぃぉぃ……。というか、ヨシマツセンセ、それまで死なないでくださいよ!!!。) ちなみにここに書いたことは本気です。
今生前半生、私の人生は失敗でした。でもようやっと自分らしい人生を始められそうです。遅くなってしまったけど、後半生に花を咲かせます。

**同じような夢を抱いている若い音楽家たちの活動資金に寄付するとか。


さてさて、
いよいよ、ラヴェルボレロの finale 写譜を再開します。
数十段のオーケストラスコアに慣れることが半ば目的です。
ラストまでやり遂げられるか、どうか………。

2012年1月11日 (水)

薄汚れた画面……ですか!??@平清盛初回放送

薄汚れた画面…大河「平清盛」を兵庫知事が批判


だそうです。


そんなこと気になるのかなあ!??。


皆さん、どう思いましたか!??


こういった「クレーム」が有名どころから生じて、ニュースになる、というのは、
大河ドラマならではですね。
社会的影響のすごさを観じますね。


一回目は、平安末期の社会の様々な問題を見せてくれたのだと思います。
結果、泥と血にまみれることとなってしまった。そういう時代だったということでしょう。
これが清盛などがどのように活躍してどのように世が変わっていくか、これから楽しみにしましょう。


平清盛と、龍馬伝。

ちなみに、今回の「平清盛」は、一昨年の「龍馬伝」と匂いが似ています。
平安末期と江戸末期 (幕末) 、どちらも、今までの政治体制の垢がたまって様々な問題に世がまみれる中、世直しするべく立ち上がった一人の男、という点では共通しているからでしょうか。
製作スタッフも同じ人達がかなりいらっしゃるのかな!??。


もしかしたら、清盛の生まれ変わりが龍馬!????


佐藤直紀と、吉松隆。

音楽も、個人的に、佐藤直紀 vs 吉松隆 という、並べてしまう意識が自分の中にある。
要は、いいとこどりしましょ、ということなのだけど。

ドラマの最初からいきなりグレゴリオ聖歌風の歌がながれ、「おお~~~っ………」 と度肝を抜かれる、というのは、佐藤直紀ならではだった。グレゴリオ聖歌 (風メロディ)、大好きです。岩崎弥太郎のテーマはトルコの軍楽隊風だったとか、民族音楽を取り入れているところは心から共感しました。「想望」という名曲は、シンセを使用する直紀氏ならでは。

弦が奏でる、この世のものとは思えない美しいメロディ、圧倒されてしまうダイナミックなオーケストレーション、の吉松隆の音楽から学びたいこと沢山です。生楽器オンリーというのは、本当にこの世界を窮めておられる方ゆえでしょうね。

いいとこどりです。
そうやって、新たな音楽世界が、村山智美から誕生すればいい、というわけ。

2011年6月26日 (日)

DEROがTOREに。とりあえず楽しみです!

最初に「水の間」を観て度肝を抜かれた。それでやがて私はDEROに惚れてしまい(笑)、
昨年末から欠かさず録画して、仕事中に何度も再生してあの独特の雰囲気を楽しんでいた。
密室から脱出するというベーシックシチュエーションがとても気に入っていた。
「こんな番組見たことない!」に、妙に共感していた。
最初の起想者とスタッフの誇らしげな思いが番組から伝わってきていた。
2011年3月9日のOn Airまで何もかもが順調だった。来週の予告クイズを観ていつものようにワクワクした。
 
 
 
 
 
それが予期せぬ東日本大震災。
津波で多くの人たちが犠牲に。
少なくとも、私がこの番組の目玉だと疑わなかった、その「水の間」はできない状況になってしまった。
その他のステージも、地震の被害に遭われた方たちは、あまり観たくないことは想像に難くない。


来たる7/6スタートの 「宝探しアドベンチャー 謎解きバトルTORE(トレ)!」とても楽しみにしています。


それにしても、紙袋を被った管理人さん、大、大、大好きだった!!!
紙袋に「管理人」って大っきく書かれていて、「人」の字が口みたいに時々動いたりする、怒った時のつり上がった眼が大好きだったなあ。
ケータイのflashも買っておいてよかった。
密室の管理人さん、魔宮の番人(仮)として生まれ変わるみたいだけど、どんなキャラになるのか楽しみ。


DEROは、音楽も素敵だった。ブラスのひびきが映画っぽかった。
その辺もTOREでどうなるか楽しみだ。インディー・ジョーンズがモティーフとなるのでしょうが、
そのモティーフをどう新たな音楽として処理してくれるかな。


今までありがとう、DERO。
TORE、期待しています!!!

2011年6月24日 (金)

スゴイね、九州人ならでは!? 元気もらえます。

九州新幹線全線開通のCM
「カンヌ国際広告祭で金賞」ですってね!

いや、実は、今夜初めてCMを拝見しました@修学旅行でしか九州に行ったことのない千葉県人。
九州の皆さんこんなスゴイことやっていたなんて。震災の直前……。


まあ着想は、バドワイザーのCM だったことは間違いないでしょうが、


着想を他からもらっていても、きちんと独自の素晴らしい作品をつくりだせばよいわけです。
みんなで心を一つにして祝福する………それは、今回の新幹線CMで新たに付け加えられた重要な部分。
九州人ならではかもね。関東の人間にこんな大胆なこと果してできるかどうか………。
とにかく素晴らしい! 感動しました!! 受賞は当然です!!!
 
 
 


それが、放送開始の翌日だったらしい、今回の震災。
で、放送中止となってしまったのだそうです。
素晴らしいCMだけど………仕方がありません。

確かに、当初は笑うことさえ許されないみたいな雰囲気があった気がする。ここ千葉県であっても。
震災直後は誰もが何もかもを自粛せざるを得なかった。

でも、もうあの日から3か月が経った。東北新幹線や、東北自動車道とかで問題なくかの地へ向かうことができるようになった。或いは行けなくてもアンテナショップで何か買ってあげることもできる。
 
 

「物見遊山でもいい、とにかく来てほしい」ですって!(産経新聞-gooニュースより。)
行きたいなあ。震災の爪痕という厳しい現実をこの眼で見ておきたいというのもある。
ただ、がれきの撤去みたいな重労働は私には難しいかもしれない。

以前、松島へ行った時、お正月だったのだけど、その場で食べられる海産物が、さざえとかあわびとか、とにかくおいしいもので新鮮なものが、300円とか350円とかで串刺しで焼きたてで食べられて………千葉も南房総は海の国だけど、海産物の種類がまた違う気がした。あれがよかった(笑)。
そう、東北太平洋沿岸のおいしい海の幸が復活しますように………。
 
 
  
話を戻しますね。
日本中、元気を出せる人たちから元気になろう。
この「九州新幹線全線開通」CMは、もちろん震災とは関係ないから「がんばれ東北」とかなにも言っていないけど、
理屈抜きで元気出ます。出演者みんなが笑顔で元気にはしゃいでいるから。
少なくとも私は元気出ました。

 

YouTubeで高評だったようで (私が拝見した動画が2011年6月24日時点で220万ヒットというのは驚いた!)
数ヶ月たってからテロップを消した状態で放送が再開された、とのこと。
それは、よかった。
 
 

東北の被災地の皆さんにも是非見てほしいな。私だけでなくあなたも元気出ますよ間違いなく!!。
そう、もう自粛はおしまいにしましょう、みなさん!!!。

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