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2014年4月21日 (月)

オーケストレーションの教科書シェエラザード@ブラオケ東京発

Scheherazade_scoretop_20140421_8292

番組information

NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ
東京フィル 第839回 サントリー定期シリーズから(2)
放送日:2014年4月20日
解説: 吉松隆

「交響組曲“シェエラザード”作品35」
リムスキー・コルサコフ作曲
(44分56秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(バイオリン)荒井英治
(指揮)ダン・エッティンガー
~東京・サントリーホールで収録~
(2013年10月25日)

「ポルカ“雷鳴と電光”」 ヨハン・シュトラウス作曲
(3分03秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)ダン・エッティンガー
~東京オペラシティコンサートホールで収録~
(2013年1月20日)

NHKのサイトを参照しました。


参照Wikipedia: シェヘラザード  ニコライ・リムスキー=コルサコフ

IMSLP楽譜ページ: Scheherazade, Op.35 (Rimsky-Korsakov, Nikolay)


以下、吉松先生の解説を編集したものです。

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さて今回は、前回に続いて東京フィルの常任指揮者を務めている、ダン・エッティンガーさんのプログラムから。オーケストラサウンドの醍醐味を堪能できる作品、これ結構大曲だが、リムスキー・コルサコフ作曲の交響組曲「シェエラザード」を聴いていただきたいと思う。
このシェエラザードという作品、全4楽章で45分くらいあるという、かなりの大曲で、或いは交響曲と題して発表してもおかしくないほどの、わりと綿密に書かれた作品だが、特にやはりそのシェエラザードというタイトルでそう、アラビアンナイト風の、ちょっとエキゾチックな響き、そしてリムスキー・コルサコフ独特のオーケストレーションのいろいろな色彩が出て来ること、それから確かに中に、リムスキー・コルサコフ自身がもともと作曲家というよりは、海軍の士官として、本来はそっちの方が生業だった、そういうことでかなり、海の、海に慣れているというせいか、音楽に海の雰囲気というのも非常に見事に出て来る。波がザザーン! と打ち寄せるというようなイメージが、これもちょっと面白いサウンドの作り方だと思う、そういうものが眼前に広がるような、素敵なオーケストレーションというのもあるし、それから物語的に、構成的にも4つの楽章、これは交響曲と同じだが、繰り返し出て来るシェエラザードのテーマというのがヴァイオリンであって、それに王様が聞き惚れて、千一夜いろいろな物語を聞く、という構成で、いろんな音楽が次から次へと出て来る。王子と王女の話とか、祖国を彷徨う王子様の話とか、海に出て船が難破してしまうシーンとか、映画がなかった頃、目の前に総天然色のスペクタクル映画が展開するような、そういうイメージで書かれていることもあって、非常にこれ昔から人気の作品でもある。

このリムスキー・コルサコフという人は、お話したように、もともとは海軍の兵学校出、ということで、音楽は独学で勉めた人ではあるが、かなり勉強熱心というのか、これもちょっと不思議だが、オーケストレーションの大家として音楽史上では、ラヴェルなどと並んで、オーケストレーション、実際に管弦楽法という本を出しているし、私も高校の時に勉強した。或いは和声法という本、いろいろな音楽に対する理論書も書いている、という、なかなかこう、学者的な点でも優れた人。それからムソルグスキーの作品、「禿げ山の一夜」とか「ボリス・ゴドノフ」とかを、オーケストレーションし直している、というようなこともやっている。かなり教育者、先生としても優れたことをやっている方。
そういうと逆に堅苦しい音楽を書くのかな、と思うと、今日これからお聴きいただくような、非常にファンタスティックな世界をオーケストラで繰り広げる、ということもやっているし、なかなかこれ素敵な作曲家だと思う。「ちなみにこれ、私と誕生日同じなんですね。 (笑)3月生まれ。*」そういうこともあってなんか共通項を昔から、人ごとでないような親しみやすさを感じる。
今日はこの、リムスキー・コルサコフの名作中の名作、オーケストレーションのいろんなサウンドが45分に渡って繰り広げられる作品をお聴きいただきたいと思う。
4つの楽章からなる。第1楽章「海とシンドバッドの船」、第2楽章「カレンダー王子の物語」、第3楽章「若い王子と王女」第4楽章「バグダッドの祭り・海・船は青銅の騎士のある岩で難破・フィナーレ」という構成になっている。

「いかがでしたでしょうか!?」これ、ヴァイオリンの美しいメロディが全体を一つに統一するという、非常に巧いアイディアというのか、最初に聞いた時も、このヴァイオリンの美しさに聴き惚れるところから、この曲の理解が始まったことだから、最終的にはもちろんその、オーケストレーションの素晴らしさ、というのが、だんだんだんだん聴く度にわかってくるが、やはり全体を統一するキャラクターがくっきりしている、ということが、この曲がこれだけ人気の要因なのだと思う。どこかエキゾチックでもあるし、シンプルといえばシンプルで、基本的にそんなに複雑なメロディが次から次へと出て来るということもないが、個々のメロディは非常に印象的で、それからこのシェエラザードの主題もそう、それから3楽章の若い王子と王女のところで出てくる、ちょっとロマンティックな、叙情的なメロディなども素敵だと思うし、いろいろなメロディが、いろいろなオーケストレーションの色彩を纏って次から次へと出てくる、というのも、この曲の魅力なのだと思う。

しかしこの曲、コルサコフ自身はこれはシェエラザード、そしてタイトルはシンドバッドの船とかカランダール王子の物語というふうに説明したが、最終的にはコルサコフ自体は、これは交響曲的に純音楽的に聴いてほしい、というようなことも言っているので、そういう聴き方もありなんだと思う。
たとえばコルサコフの第2交響曲「アンタール」という交響曲があるが、これも同じような趣きであるが、やはり物語性として聴くのと、そうでなく純粋に交響曲として聴くのと、かなり色合いが違うということもあるから、聴き方によっていろいろ、この作品、いろんな形が見えてくるのだろう。あまりそのアラビアンナイトが〜というようなことで聴くのはいいのかどうか、そういうことから離れて、交響曲、純音楽的に聴くというのも、これはありなのかなと、今演奏を聴いて感じた。

特にこの作品、オーケストレーションの教科書的な、本当にいろいろな奏法、いろいろな色彩、が出てくるので、私も随分これ勉強したが、そんなに、今と違う、複雑な、妙な音を出すというようなことを試みている、というわけではないが、様々な、ヴァイオリンソロ、木管楽器がカデンツァ的にビート、リズムからちょっと離れて、てぃーらりらりらりらりら… というような歌い方をするところとか、それからあちこちにピチ・カートとかハーモニクスとか、オクターブ、トレモロ、スタッカート、いろいろな、弦楽器や管楽器の奏法がちりばめられていて、それぞれが「縁取り」メロディやリズムやアクセントや様々なところの、縁取りとして生きているということが、全体的に非常に色彩感あふれる世界になっていることの要因のような気がする。

オーケストレーション、ってよく勉強を… たしかに私も勉強したが、なんかこれ楽器のこと知りすぎてもダメだし知らなくてもダメだし、という微妙なところがある。
あまり知り過ぎても、これは難しいから書けない、というふうになるし、知らない方がなにか伸び伸びと、面白い新しいフレーズが出てくる、ということがあるので、いろいろオーケストレーション、オーケストラのサウンドという点についても考えさせられる曲だと思う。「如何でしたでしょうか!?」

(ヨハン・シュトラウス ポルカ ’雷鳴と電光’ )

これは、シェエラザードの後にやって偶然だったが、今お聴きになって分かるように、バスドラで雷鳴が、そしてシンバルが電光を表す、という、これも一種オーケストレーションのあそびというのか、それがなかなか、きらびやかになっている曲。元々は流れ星、というような印象で作り始めた曲らしいが、バスドラとシンバルのアクセントが綺麗に決まった名品となった。


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✳︎ 確かに、リムスキー・コルサコフと吉松隆は誕生日が同じです (3月18日)。
誕生日というのは、なにかと意味を感じることがあります。(余談ですが3人の同世代エレクトーンプレイヤーが続きの3日間に生まれておられることとか、私の甥っ子がこの子の父方の父方の曽祖母と同じ誕生日だったり、私が一年のちょうど真ん中の日に生まれていることとかetc.. )
こういうことに何か運命を感じてしまうことはよくあるし、何か意味があるのかも、しれません。吉松先生の場合、リムスキー・コルサコフのようにオーケストラ音楽を究めよう、という決心を抱いてこの世に生まれてこられたのかも、しれません...。


今回のブラオケ、昨夜書きましたように、私が予習で感じたこと、スコアを見ながら放送を聴いて思ったこと、そのままを、吉松先生が話しておられたのでびっくりしました。
シェエラザードに関しては、この番組で既に何度か取り上げられているものの、今回は特に、オーケストレーションについて焦点を当てて話されていたこと。
まるで、私のためにそういった原稿を考えてくださったような、無言で「がんばれ!」と背中を押してくださったような気がして、すごくうれしかったです。吉松先生ありがとうございました。


ヽ(´▽`)/


♪ シェエラザードの、わたしが印象的な箇所をいくつか。引用楽譜と共に…。♪

時間の都合で、1楽章だけですが、ご覧ください。


# keyword: 波 #
海の凪と、激しい波。


語り部シェエラザードは、美しいヴァイオリンソロ。何度も出てきます。
それ以外にも、ソロはよく出てきます。
大編成でのトゥッティに対してのソロ。豊かなコントラストがポイントですね。

♭ ソロと、ピチカート。海は今、凪いでいます。
4分の6拍子で、海の波を、チェロのソロが静かに描きます。

Sche1_20140421_85123

♭ しかしやがて、海の波は激しく高くなっていきます。

Sche2_20140421_91532


♭ 素敵な、解放弦上のハーモニクス♪

大好きなんですハーモニクス。(o^-^o)
ヴァイオリンE線上のA音の箇所を軽く触れると、E解放弦の2オクターヴ上のE音が出ます。
ちょうどテューバ&バストロンボーン+ファゴットが野太いメロディを奏でているところで、高くて細い音。大きなコントラストが見事。
リアルな海の波の形状!? を感じさせられます。

Sche3_20140421_95206


♭ 時々出てくる、弦楽器の弓のup, down指示。
downはよく見ますが、up, down両方を指示しているオーケストラスコアを、私は初めて見ました!。

Sche4_20140421_100655


♭ '6 Viol Soli'

Soli ソリ、はソロの複数形。
で、この箇所は3和音ですから、2人ずつで演奏するのが自然かな!?。
ソロではなく、2人というこの絶妙なキャスティングに (驚!)。

Sche5_20140421_101722


♪ まだまだ、この曲には不思議な仕掛けw がたくさんありますよ。 ♪

スコアの引用を作る時間がないので、文章で…

♭ ヴァイオリンE弦上で、8va. 上のE音を軽く押さえると、その音がハーモニクスで出てくる、とかいうのをさりげなく使っています。

♭ ヴァイオリンパートで、「sul G」 (G線上で)はわかりますが、「sul D」というのも、この後に出てくるんです! (驚き!)

共に音は控えめでふくよかですね。
ただ、G線は端なので強い音を出しやすく、D線は中間なのであまり強い音を出すわけにはいきません。 (@弦楽器経験者語る)
この違いでしょうか!? それら長所と短所をうまく利用しているということでしょうか!?。


〜もっと、何度でも聴いてみたいです。


(*゚▽゚)ノ


さて、ブラオケは来週は大阪からの放送です。 (聴きますよ♪)
その後2週、特番でお休みの後、次回の東京からの放送は、5/18 '14 になります。
全5曲ですが、スメタナのモルダウを予習しておきます。
あと自作自演になる、 外山雄三作曲&指揮の「管弦楽のためのラプソディ」これが楽しみです♪。乞うご期待です!。


(*^-^)


5週連続、ブラボー! オーケストラ  東京からの放送と、それをめぐる予習をupしてまいりましたが、
大変でした。でも本当に勉強になったし、今、やり遂げた! という満足感でいっぱいです。
これからも、ブラオケ東京発レポート、続けていきたいと思います。
ですから吉松先生も、お元気で、当面はこの素敵なお仕事をお続け下さいね♪。応援しています。感謝を込めて。


p.s. 勝手な想像とも言えますし、直観なのですが、
リムスキー・コルサコフは、伊福部昭先生の前世ではないか、と今回、思いました。

2014年4月20日 (日)

勉強していたことそのまま!!@シェエラザード

Braoche_20140420_192326

本日 (4/20 '14) の、ブラオケ東京発のレポートは、明日UPする予定です。


驚きました & 感激しました。そして大変お勉強になりました。


リムスキー・コルサコフ 「シェエラザード」、
スコアを見ながら聴きましたが、そこで気づいた、オーケストレーションのテクニック含め、事前に予習しておいたこと、私が思ったこと、
吉松先生のお話を聞いて、驚きました!!。
まるで、私のために解説を考えてくださったみたいだったからです。


伝わるかな……、吉松先生、ありがとうございます。


まずは、取り急ぎでした。

2014年4月19日 (土)

ブラオケセレクション (4) ♪ 交響組曲“シェエラザード”

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過去の「ブラオケ東京発」(NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ」もしくは「FMシンフォニーコンサート」の、東京からの放送) で、今までレポートを書いていない曲の中から、わたしが感動した曲、衝撃を受けた曲、初めて知った曲などのレポートを、セレクションとして時々書いてみようと思います。

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明日 (4/20 '14) ブラオケ東京発の予習として。
「シェエラザード」は、この番組では、もう何度も聴かせてくださっているはずにもかかわらず、My 「ブラオケアーカイブズ」 内で見つかった音源は、この「FMシンフォニーコンサート」時代の1音源のみでした。どこ行っちゃったんだろう…。

Wikipedia

IMSLPの楽譜ページ



番組information

NHK-FM 「FMシンフォニーコンサート」 (「ブラボー! オーケストラ」 の前身番組)
飯能市公開録音
放送日:2012年2月26日 午後7:20〜午後9:00(100分)
解説: 吉松隆

「交響組曲“シェエラザード”作品35」リムスキー・コルサコフ作曲
(47分37秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団(指揮)小松長生
(バイオリン)青木高志
〜2012年1月15日  埼玉県・飯能市民会館で収録〜

NHKのサイトを参照しました。


以下、吉松先生の解説を編集したものです。

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リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
これは日本のオーケストラの歴史にとって、ちょっと面白い作品。N響の前身である日本交響楽団が、未だ新交響楽団と言っていた頃〜これは山田耕筰がヨーロッパから帰って来て、日本交響楽協会というのを創って、本格的にオーケストラの活動を日本で始めたばかりだった。
その第一回目のコンサートが大正14年、1925年に開かれているが、その時の、日本で最初に本格的にプロ仕立てのオーケストラがオーケストラ曲を鳴らした、記念すべき時。
その時に演奏されたのが、ベートーヴェンの交響曲第5番、これは定番と言えるかもしれないが、そのプログラムのトリがこの交響組曲シェエラザードだった。
当時は日本とロシアは多少交流があったので、ヨーロッパ、ドイツの作品と共に、ロシアの作品も山田耕筰が… 日本のオーケストラにとっては重要なレパートリーになっていた、ということもあるのかもしれない。
45分、50分くらい掛かるかなりの大作。オーケストラの色彩を活かしたという点でも、その時の日本の人、初めてこういう近代オーケストラを耳にした大正の人たちが、どんな風に思ったんだろう、というのは、前からこの曲を聴く度に不思議な感慨に襲われる。

この作品は、アラビアンナイトの千夜一夜物語を元にした、残忍な王様に千一夜、いろいろな楽しい話、面白いおとぎ話を聞かせる、そういう物語なので、この作品自体も、ヴァイオリンがシェエラザードを描いて、王様にいろいろな物語を聞かせる、という形で出来ている、なかなか素敵な曲。
全体は4曲からなっていて、海とシンドバッドの船、カレンダー王子の物語、若い王子と王女、バグダッドの祭り〜海〜船は青銅の騎士のある岩で難破〜終局。

「極彩色の美しいオーケストラの響きで描かれた、アラビアンナイトの世界。いろいろなシーンが目の前に広がったことと思います。演奏もなかなか素敵でした。」


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♪ オーケストラだってシンセサイザー ♪

2年前、放送された当時は、(既に2冊の管弦楽法の本を入手しておきながら、) まだ迷いがあったのです。
オーケストレーションを勉強しよう、とハッキリと思いながらも、それほど深い思い入れはなかったのが正直なところでした。
というか、なんでしょう、これはつい最近 (2014年始め) まで、悶々とわたしの脳内で繰り広げられた、「シンセサイザーか、オーケストラか…」 の自己葛藤と全く関係ないとはいえないような気がします。
「シンセサイザー奏者になりたい」 という、こどもの頃からの夢が、あまりにも強烈だったが故に、それら過去の自分を裏切るようなことを、果たしてしてよいのだろうか、という思いがずっとあったのです。
しかし、そう思いながらも、電子シンセサイザーの機材を揃えて、積極的に作曲等することもせずにいたことも事実でした。
そしてオーケストラとの出会い。これが求婚者だとしたら、迷いを終結させてくれる、決めの一言を言ってもらえるのを、自ら待っていたような気がします。私はとうとう、過去の夢を卒業し、オーケストラ音楽の道へ進むことを選び取りました。
決定打となった一語、というのがあるのだとしたら、「オーケストラだってシンセサイザーではないか!?」ということかもしれません。
それも、フィジカル・シンセサイザー。
フィジカルシンセサイザー故に、様々な問題や制約や、それ故の音楽表現が発生する、奥深さと面白さ。
特にヒューマン・ファクター。実は私は、21世紀に入ったばかりの頃、鉄道趣味をやっていたのですが、一般的なそれとはちょっと関心ごとが違っていました。鉄道における人間工学、産業心理学、労働科学、ヒューマンエラーの防止、そして鉄道事故に関しては、深く学びました。(Mikawashima op.2 は、それがきっかけで作曲しました。)
やがて健康を害したのがきっかけで、鉄道の世界から遠ざかざるをえませんでした。そして音楽へと舞い戻ってきた私は、まさか、音楽の世界で、それらヒューマンファクターの勉強経験が役に立つ時が来るなんて、夢にも思っておりませんでした。


♪ 曲そのものが、オーケストレーションの教科書 ♪

今回、改めて「シェエラザード」を、何度も聴いてみました。

今、私が知りたいのは、「色彩豊かなオーケストレーション」というのが、具体的に、どういうものなのか。

この「シェエラザード」は、近代オーケストレーションの創始者である、リムスキー・コルサコフによって書かれた、オーケストレーションの教科書です。…… まるでこの曲自体が、オーケストレーションの教科書であるかのような、数多くの示唆に満ちていることを、改めて感じました。
そのことを深く感じながら、いくつかの演奏を聴いてみました。


♪ エレクトーンで学んだこと ♪

私は、1年程前に、エレクトーン・電子オルガンを卒業しました。


ふと、私が、「エレクトーン」という楽器でやってきたことが、オーケストレーションの基礎体験に他ならなかったことを、改めて思いました。
これはもう何度も書いているのですが、6歳で始めたのが、不本意にもピアノではなくて電子オルガン (ビクトロン) だったこと。
やがて大人になってから、クラシックピアノも弾くようになり、そのことで初めて知り得たこと (バッハのフーガ、複音楽etc.. ) もありましたが、
残念ながら、ピアノではほとんど触れる機会がなく、しかし電子オルガンではそれこそ6歳の頃から当たり前にやってきたことが、「自分で音を決める、組み合わせる」ことでした。
高校1年の夏、ヤマハ音楽教室の扉を叩き、ここで、電子疑似楽器を自分で考えて組み合わせることを、本格的にやりだしました。
その時私は、ひそかに「プレイヤーになりたい」と思っていたのですが、結局、音楽の神さまは私がエレクトーンを究めることを許してはくださいませんでした。
関心ごとは、シンセサイザーを始め、哲学宗教スピリチュアル的なものや、鉄道もそうですし、それこそ多岐に渡り、支離滅裂な自分探しの旅を四半世紀もの間、続けることとなってしまいました。
(まるで出エジプト後に数十年間に渡って荒野をさまよったイスラエルの民の如くです。)

今になって、本当に遅くなってしまったのですが、ようやっと私は、オーケストラと生楽器中心に、クラシック音楽、商業音楽、映像音楽等を作曲する作曲家として生き、そして死のう、と決心がついたのでした。
そんな私の、今までの経験は、何一つとして無駄なものはない、と確信しています。


エレクトーンという楽器は、実に不可思議な楽器です。
この楽器でどんなに世界の頂点を究めようと、否究めたからこそ、次の世界へとシフトするべく、この楽器を卒業していくのです。
次の世界。それは、私の場合、作曲でしたが、音楽とは限らないのかも、しれません。
しかし、その、各自にとっての、次の進むべき世界への、橋渡しとなってくれている楽器であることは、間違いありません。
今、エレクトーンという楽器に感謝しているし、この楽器を通して出会った全ての人たちや、6歳で電子オルガンを習わせてくれた両親に感謝しています。
近い将来、オーケストラの音楽で本格的に食べていく人になって、皆さんに恩返しします。


(*゚▽゚)ノ


明日のブラオケ東京発でのシェエラザードも、今から楽しみです。 指揮はダン・エッティンガー氏。
吉松先生の解説時間は、約10分。楽しみです。

2014年4月14日 (月)

オーケストレーションのおもちゃ箱@ブラオケ東京発

番組information

NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ
東京フィル 第839回 サントリー定期シリーズから(1)
放送日:2014年4月13日
解説: 吉松隆

「ピアノ協奏曲 ト長調」 ラヴェル作曲
(22分25秒)
(ピアノ)ファジル・サイ
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)ダン・エッティンガー
~東京・サントリーホ-ルで収録~
(2013年10月25日)

「皇帝円舞曲」 ヨハン・シュトラウス作曲
(11分12秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)ダン・エッティンガー

「喜歌劇“天国と地獄”序曲」 オッフェンバック作曲
(10分02秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)ダン・エッティンガー
~東京オペラシティコンサートホールで収録~
(2013年1月20日)

NHKのサイトを参照しました。


以下、吉松先生の解説を編集したものです。

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「さて今日は、東京フィルの常任指揮者であります、ダン・エッティンガーさんのタクトで、近代のピアノ協奏曲の名曲、これをファジル・サイさん、これはなかなかの才人のピアニストで楽しみなんですけど、そのピアノ協奏曲と、そして後半は、ワルツやオペレッタの序曲など楽しい作品を聴いていただきたいと思います。」

最初がラヴェル作曲のピアノ協奏曲。これは本当に私の大好きな作品の一つでもあるが、このラヴェルという作曲家、実はドビュッシーラベルなどと並べて、印象派、フランス近代などという言い方で括られることもあるが、意外とこの方、生まれもシェーンベルクなんかとほぼ同じ世代でもあるので、このピアノ協奏曲が書かれた1930年代なので、立派に現代音楽の時代の作品。ただ、この作品、昔からラヴェルというのは別にシェーンベルク的な無調とか特殊な、前衛的な現代的な手法というを使うわけではないが、非常にモダンで斬新なサウンドで心に残る、そういう作曲家だと思う。有名なボレロなどにしても、これ新しいんだか古いんだか、特殊なのか前衛的なのかポピュラーなのかよくわからない不思議な作品のような気がするが、ご存知のように、ずっと同じリズムが繰り返し繰り返し、非常にシンプルといえばシンプル、複雑といえば複雑という、なかなか面白いスタンスで曲を書かれている人で、私もこれ昔随分、この作風というかこのスタンスに影響されるというか、憧れた。
芸術とか、フランス近代とかという言い方をするとちょっと高尚になるが、どちらかといえば、おもちゃ箱のような感じの音楽を生涯追求された人のような気がする。あまり大人の男、女が出て来るロマン派的な作風というものにむしろ、背を向けているとでもいうのか、如何にも子どもが、子どもがといっても幼稚なとか子どもっぽいとか、という意味ではなくて、男の持つ子供心、童心というのか、そういうものを知性とか、あらゆるテクニックをフル稼働して、大人の作る幻想世界を生み出すというような、そういう作風に非常に個人的にも惹かれる。
このピアノ協奏曲はそれを代表する作品のような気がする。おもちゃ箱的、というとまさに、そのものずばり、なのかもしれない。
「オーケストラの魔術師」などというえら偉そうな言い方をすると非常に難しく聞こえるかもしれないが、冒頭、鞭の「ピシッ!」という音から始まって、ピッコロとかEs管の甲高い音のトランペットとか……クラリネットとか* 、トランペットの不思議なサウンド、ハープもまた不思議なハーモニクスなどのサウンド、あらゆるものを駆使して、次から次へとおもちゃ箱的な不思議なサウンドがおもちゃ箱から飛び出して来るというような、そういう形で書かれている名品中の名品だと思う。
古典的に3つの楽章からなるが、1楽章と3楽章というのが、どちらかというとサーカス的な、というのか、非常にこの、子どもがバタバタ、と走り回るような面白くて、いろんな音を出すのが楽しくてしょうがないというような音楽で作られて、そしてそれに挟まる2楽章というのがまた、これが美しい、不思議な情緒感をもって佇む、という、非常に対照的な、同じ作曲家が書いたのか!? と思われるような、対照的な音楽の組み合わせで、非常に、摩訶不思議な世界が繰り広げられる。
特に今日は、ファジル・サイさんという、この方も非常に才気あふれる、トルコという、クラシックではちょっと珍しい出身の方なんですけども、ご自身でも作曲をやられていて、非常に奇才というのか、天才というのか、不思議なスタンスで音楽を紡ぐ方で、この方のラヴェルというのも今回は非常に楽しみ。
「3つの楽章から鳴る22、3分程の作品ですが、ラヴェルが晩年に書いた、おもちゃ箱全開のピアノコンチェルトです。これはちょっと、お楽しみください。」

なんか曲が終わった途端に思わず微笑んでしまうというような、これは面白い曲だなと本当につくづく思う。なんかサーカスの音楽のようでもあるし、1楽章と3楽章のポップなところだけ聴くと、かなりかちゃかちゃした音楽のような作り方であるが、真ん中にしっとりとしたスローなワルツ、サティのような、というのか、不思議な叙情的な世界が挟まることで、うーーん、なんかちょっと魔法のようなバランスの音楽に仕上がっていたと思う。
特にこのオーケストレーション、ラヴェルはオーケストレーションが素晴らしいということはよく言われるが、このリズムの作り方というのが非常に面白い、フィナーレでお聴きになられたか、たたたん、たたたん、というのが出てくるが、ああいうちょっと耳に残るような不思議なリズムを使う、扱う、というのもラヴェルの得意技の一つ、といえるかもしれない。
実をいうと私の作曲の師匠でもある松村禎三さん、というのもかなり若い頃からラヴェルに入れ込んで、ラヴェルのオーケストレーションをいろんな形で自分の中に取り込む、というようなことをやられていたが、その更にお師匠さんである伊福部昭先生が、やはり、これもあの戦前から、ラヴェルに随分注目されていたようで、今のコンチェルトのたたたん、たたたん、というリズムに実は伊福部さんの中で何度も使われて、最終的には例のゴジラの音楽の中にもゴジラ、ゴジラというようなフレーズで、まあこれは偶然なのだが、そういう形で出てくるというぐらい、かなり、ラヴェルというのは日本の現代音楽界にも深く浸透しているような気がする。
和声的に非常にフランス近代の現代的なセンスがある、ということと同時に、このラヴェルの世代というのは既にジャズもあるし、それからラヴェル自身がばりばりのパリっ子、フランスっ子ではなくて、スペインとフランスの間にあるバスク地方の出身であるということもあって、ボレロもそうだが、かなり民族音楽的なリズムというのも自分の音楽の中に組み込んでいるし、同時に今お聴きになってわかるように、モーツァルトとかサン=サーンスとか、という、ちょっと古典的なクラシカルな音楽の形、形式、というのもかなり意識している。古典的な形式を使う反面、オーケストレーションとかサウンドは今お聴きになったように、次から次へとよくも思いつくもんだ、というぐらい、いろいろなオーケストラ、楽器の、不思議なサウンドがおもちゃ箱から次々と、ラヴェルの手によって引っぱり出されて演奏されるというような、そういう作り方になっている。
この傑作が実を言うとラヴェルはご存知のように50代になってからボレロを書いて、そのすぐ後に左手の協奏曲、それから今の両手の協奏曲を、ほとんど同時進行で書いている。
左手の作品というのがむしろ大編成で轟々と鳴るようなちょっと暗めの音楽である反面、逆にこの両手の方は、両手で軽やかな明るい感じでという、非常に対照的なコンチェルトだが、ラヴェルは随分ピアノを得意としてピアノ作品をいっぱい書いているが、コンチェルトとしてはこの晩年 〜晩年といっても50代なのだが〜 に書かれた2つだけだが、非常に共に個性的で、ピアノ協奏曲の歴史の中でもちょっと不思議な個性を放つ2曲だと思う。
このラヴェル、という方も、今、伊福部先生の話が出たが、伊福部さんと同じように、何かこう不思議に、芸術家というと髪の毛がボサボサであまり格好に構わない、というようなラフな感じが芸術家、というようなイメージがあるかもしれないが、ラヴェルという方はダンディで、常にピシッとした背広を着てネクタイをきちっと閉めて、綺麗な高い靴を履いて、というような感じの作曲家だったらしいが、伊福部先生もそれに倣ってかどうかわからないが、伊福部さんもかなり常に、いつお見かけしてもピシッと蝶ネクタイをして、綺麗な服を着て、作曲家には芸術家という壊れた感じが全くしない、本当に紳士的な方であると、なんかここも共通項があるのかな、という気もしながら今聴いていた。
ただラヴェルがかなりおもちゃ箱的な軽い方向に、晩年は自分の音楽の理想を見た反面、伊福部先生なんかどちらかというと民族的な重心が下にあるような形でラヴェルを踏襲していたということで、サウンド的には全然、違った世界が出来上がっていったという点が、非常に作曲的にも面白い、ような気がするが如何だろうか。「ちょっとラヴェルの話で長くなりましたが…。」


「さて、続いては2013年1月20日に東京オペラシティコンサートホールで行われた、東京フィルハーモニー交響楽団 第54回午後のコンサートから、同じくダン・エッティンガーさんの指揮で、今度はヨハン・シュトラウスの、これも明るく、ポップスな曲ですが、『皇帝円舞曲』をお送りしたいと思います。」
ヨハン・シュトラウスの有名な作品、これはドイツとオーストリアの同盟締結の時に両皇帝が来たということで、それにちなんでタイトルをこうされた、ということなのだが、有名な、皆さんどこかで聴いたことあるかと思うが、その素敵なワルツを聴いてみたいと思う。

「これを聴くと、ニューイヤーコンサートを毎年ウィーンでやる、あれの演奏を思い浮かべて、なんか頭が新年になりますね。」
ちなみに皇帝円舞曲というタイトルを聴くと荘厳なイメージだが、もともとは、手に手を取って hand in hand というようなタイトルで書かれた曲なのだそう。
そういえば皇帝円舞曲という、ビング・クロスビーが主演した往年の名画の中でそういえば、奥様お手をどうぞ、という曲が流れていたが、「お手をどうぞ」というようなタイトルで最初は書かれた曲らしい。


オッフェンバックの喜歌劇「天国と地獄」序曲。
喜歌劇の中から3つを取り出して序曲にした曲だが、3つ目の曲はどなたでもお聴きになる、え、これがクラシックか!? というほど有名な賑やかな曲。「ではこれをお楽しみください (笑)。」

「なんか思わず笑みがこぼれてしまうといいますか (笑)、最後のあのフレンチカンカンですね、いわゆるラインダンスなどで必ず演奏される音楽ですね。まあ昔の古い映画だとギャロップ、なんか追いかけっこするところに必ず流れましたし、私の子どもの頃は運動会で駆けっこのところっていうと必ず流れたんですが今でもそうなんでしょうか!? とても楽しい曲でした。」


(ブログ管理人注) * Es管の… トランペットはC管。クラリネットは Bb管、Eb管一本ずつです。言い直しておられました。

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今回は解説の時間が約15分といっぱいあったため、ラヴェルのお話、見事でした♪。センセ、goodjob!!


今回の放送、吉松先生はかなり気合い入れて原稿を書かれたのだな、同じオーケストレーションを究める作曲家として、ラヴェルを敬愛しておられる様子が窺えました。
とても深い内容だったので、私も予習しておいてそれがとても役に立ちました。
たとえばラヴェルが、このピアノ協奏曲を書くのに、モーツァルトやサン=サーンスのそれらを参考にした、という箇所は、私には本当に意外に感じられたのですが、そういった予習で勉強して初めて知ったことが、吉松先生のお話に出てくると正直うれしかったです。

というのは、私は学校へ行っていた時、予習、復習を本当にやらなかった人でした。しかしそのことを本当に後悔しているからです。
今できることは、このブラオケの放送の前にあらかじめ曲を聴いて、スコアを読んで、Wikipediaなどで勉強して「妄想原稿 (^^;)」や予習レポートをブログにUPして… その上で日曜日の夜、放送を聴き、翌月曜日の午前中を使って吉松先生のお話をテキスト起こしして、思ったことを書いて、ブログにレポートをUPする、その一連の流れは、ある意味、子どもの頃のリベンジなのですね。

ラスト、「天国と地獄」の後、先生が笑いながら話しておられて、私も笑ってしまい、それでこの箇所は編集せず、ほぼそのままテキストにしました。
そして、最近の小学校の運動会では「天国と地獄」よりもEXILEなんかだそうですねw。


ラヴェルは、恐らくasexだったのかな!? と私は思います。


今回のブラオケレポート、センセのお話が大変深かったので、私から書くことはもうありません…… というのは嘘ですが(^-^; 、今回は今までになくお話が長かったので、テキスト起こしだけで正直もの凄く時間が掛かってしまいました。なので、もうそれだけでよし! それだけで good job!!、ということで今回はここまでにいたしましょう。(*^-^)


余談。この時のレコーディング時、センセ、風邪ひいておられたようですね。 (^-^;


来週は、いよいよ、東京からの放送5連荘 (レンチャン) のラストです。
リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」 これは、ブラオケ&FMシンフォニーコンサートで何度も取り上げられている曲です (=東京フィルの重要なレパートリーの一つのようですね!)。
オーケストレーションの教科書といえるかもしれませんので、よく予習して、 'ブラオケセレクション' (過去の放送の吉松先生の解説) を、今週中に時間が取れましたらUPする予定です。これと、ヨハン・シュトラウスのポルカ「雷鳴と電光」。先生の解説時間は約10分です。


ではこの辺で、ご案内はムラヤマトモミでした♪。


P.S.
あなたの脳内音楽室に掲げたいポートレイトは!?

昨日 (4/13 '14) 放送の、NHK-FM「きらクラ!」で、ふかわりょうさんが、ご自分の (脳内の) 音楽室に飾りたい作曲家の肖像、の中に、吉松隆をおっしゃっていました。(やっぱりね…^^) それも中央のベートーヴェンの右隣がいいとか。
私なら、バッハを中心 (←コレはもう絶対!!!) に、ヒンデミットとラヴェルとドビュッシーとストラヴィンスキーとレスピーギとシベリウスと伊福部昭と… ヨシマツタカシも飾りたいかな!? (←なんちゅう書き方 ^^;)
映像系でよいのなら久石譲と坂本龍一は必ず入れたいです。
それとピアニストですがグレン・グールドは絶対に! シンセサイザー奏者ですがヴァンゲリス、それとシンセサイザー奏者としての冨田勲とか。
まあ脳内音楽室に、ですが。


実際、ヒンデミット先生のポートレイトは、私の作曲スタジオの上部に飾っております。(←マジです♪)
(o^-^o)

2014年4月12日 (土)

ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調@ブラオケ妄想原稿 (2)

「妄想原稿」とは、読んで字の如くです。
明日 (4/13 ’14) の夜のブラオケ (NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ」) の予習として、書いてみました。
取り上げたのは、ラヴェル作曲  ピアノ協奏曲ト長調です。


IMSLP楽譜ページ


ラヴェルは、ピアノ協奏曲を2曲書いています。
左手のためのピアノ協奏曲と、このト長調のピアノ協奏曲です。
この2曲は同時期に書かれ、1929年、54歳の年に着手され、
翌年、先に「左手」の協奏曲が完成して、
それから1年後の1931年に、ト長調の協奏曲が完成しました。
2曲とも、アメリカのジャズの影響を感じます。
ジャズだけではなく、ラヴェルの他の多くの作品同様、
生まれ故郷であるバスク地方や、母方のスペインの音楽の影響も感じられます。

ただ、ラヴェルの音楽で、ジャズの影響を感じる作品というのは、この2曲のピアノ協奏曲とヴァイオリンソナタくらいで、残念ながらそんなにたくさんないように思えます。

ラヴェルがどこで、ジャズを知ったかといいますと、1928年の渡米でした。
ラヴェルが53歳の年、アメリカに渡り、自作の指揮の演奏旅行を4か月かけて行って、大成功を収めます。
その頃のフランス音楽界では既に、アメリカのジャズは新しい音楽のイディオムの一つとして、取り入れられていたのですが、ラヴェルは本場のジャズや、黒人霊歌に触れて、大きな感銘を受けたのです。

アメリカ演奏旅行の成功で、ラヴェルは2度目の演奏旅行を計画します。
それは、北アメリカだけではなく、南アメリカ、更にはヨーロッパ、アジアを回る大規模なものとして計画され、
そこでラヴェル自身がソリストとして演奏することを前提に、このト長調のピアノ協奏曲が作曲され、
1931年に完成されました。
しかしその頃、ラヴェルの健康状態が思わしくなく、演奏旅行はヨーロッパの20都市を回るものにとどまりましたが、それでも各地で成功を収めることができました。

ラヴェルは以前から、脳の記憶や言語の障害が見られたのですが、それは徐々に悪化して作曲ができなくなり、
ト長調のピアノ協奏曲が完成した、わずか6年後の1937年に、62歳で亡くなってしまうのです。
結果、2つのピアノ協奏曲は、晩年の作品となってしまったのです。

これは、私が思うにラヴェルは、ジャズのイディオムを取り入れた音楽を、もっともっと書きたかったに違いありません。
それに、アメリカにも、もう一度渡って、そんな自分の音楽がジャズの本場で受け入れられるか、確かめてみたかったに違いありません。
頭の中では沢山の音楽が流れていたにも拘らず、脳の障害でそれらを音符に書くことのできない辛さは、どれほどのものだったのでしょうか。
その、頭の中に流れていた、しかし音符にならない音楽の中に、きっとジャズっぽいリズムやメロディやハーモニーがあったに違いないと私は思うのです。


さて、ト長調のピアノ協奏曲の、オーケストラの楽器編成ですが、
フルート、オーボエ、トランペット、トロンボーンが各1本ずつだったり、
ヴァイオリンが第1、第2、各8人ずつだったりと、
大規模な3管編成で書かれた「左手のためのピアノ協奏曲」とは対照的に、小ぢんまりとしたものになっています。

それではお聴きいただきましょう……

うーーーん…… 繰り返しになりますが、放送で不特定多数のリスナーに情報を与えるのですから、実際にこういったクラシック音楽番組の解説を仕事とするのなら、多くの情報ソースを参照して、間違えのないように、しっかりと確認、チェックの末、話さないといけませんね…。

基本は5W1H。
特にwhen (いつ) を、正確に確認することが重要かと思いました。

それ以前に、基本的な知識が不可欠で、それらは、一朝一夕では身に付きませんね…。

2014年4月 7日 (月)

バーンスタインゆかりの… @ブラオケ東京発

番組information

NHK-FM ブラボー! オーケストラ
東フィル 第834回 オーチャード定期演奏会から
放送日:2014年4月6日
解説: 吉松隆

「キャンディード組曲」 バーンスタイン作曲、ハーモン編曲
(17分57秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)大植英次

「交響曲 第7番 イ長調 作品92」 ベートーベン作曲
(36分29秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)大植英次
~東京・Bunkamuraオーチャードホールで収録~
(2013年6月9日)

NHKのサイトを参照しました。


以下、吉松先生の解説を編集したものです。

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「さて今日は、大植英次さんの指揮で、バーンスタインゆかりの2曲をお聴きいただきたいと思います。」
大植さんはもはや、日本を代表する指揮者の一人に育った方だが、タングルウッド音楽祭でバーンスタインと出会い、以後助手を務めた愛弟子の一人といっていいと思う。
今日最初にお聴きいただくキャンディード組曲、キャンディードというのはこれはバーンスタインが作曲したミュージカルだが、有名な「ウエストサイド物語」の前に書かれた作品。これはかなりポップなというのか、原作はフランスの思想家ヴォルテールだが、カンディード、という、無邪気な青年というのが主人公で、世界中をあちこち、宗教裁判の場所だとかジャングルとか様々な所を逃げ惑って最後は○○ので終わる喜歌劇的なミュージカルだが、これもとても素敵な作品。これから編曲した、組曲版をお聴きいただきたいと思う。
この組曲版というのは、今日の指揮者である大植英次さんとミネソタ管弦楽団のために、バーンスタインのアシスタントであるチャーリー・ハーモンが編曲した、キャンディードの原曲から8つの曲を選んで組み合わせた編曲作品とのこと。

「大植英次さんによる、バーンスタインゆかりのもう一曲、次は、ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調です。」
この名曲、20世紀を代表する大指揮者であるバーンスタイン、彼はもちろん指揮の他に作曲に教育に、八面六臂* の活躍をされたわけだが、その最後のコンサートとなったのは1990年の8月に、タングルウッド音楽祭でボストン交響楽団を振ったコンサート。その時の最後の演目というのがベートーヴェンの第7番。これはもちろんツアーに同行した大植英次さんも目の前でお聴きになられたとのこと。このコンサートの後、体調を崩して10月にバーンスタイン、亡くなっているので、バーンスタインが生前指揮した最後の作品ということになる。
「この第7番を師匠へのリスペクトも込めて、大植英次さんでお聴きいただきたいと思います。」

「バーンスタインの薫陶なんかじゃないんですけど、後半の飛ばすスピード感、このなんか自由自在なドライブ感というのがとっても素敵でしたね。またこのスピードでコーナーに入るか、という時に、ちょっとギアチェンジしたりアクセル踏み替えたり、なかなか面白い演奏だと思いました。如何でしたでしょうか!?。」

* 八面六臂 (はちめんろっぴ) 多方面で、めざましい活躍をすること。また、一人で何人分もの活躍をすること。(goo辞書)

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今回のテキスト起こしは、正直、ラクでしたね (笑) 解説の時間は4分程でしたから。
しかし、その内容は私の予想を裏切っておりましたw。
指揮の大植英次氏の師バーンスタインがらみで、キャンディード組曲は言うまでもありませんが、ベートーヴェンの交響曲第7番のこともバーンスタインのラスト演目ということで、その短い解説時間をほぼ半分ずつに割って話しておられました。
予習で、レナード・バーンスタインのWikipediaに、ラストコンサートのことが書いてあったのは、実は気になっておりました。それがベートーヴェンの7番だったというのが、今回の放送というか、この演奏会の演目として選曲されたことと何か関係があるのかないのか!?、と気にはなっていたのです。そうしたら、やはりそのことを意識しての選曲だったのですね。
演奏を聴いて、大植英次氏は師バーンスタインを今でも心から尊敬しておられるのを観じました。


♪ 波乱と冒険と逃亡の転々の末 ♪

キャンディード組曲は、実に複雑なストーリーですが、すみません今回、吉松先生のお話、一か所だけ聞き取れなかった箇所がございまして、○○の箇所です。
ここはとても重要な内容が含まれていると思いますので、私が代わりに思ったことを書きます。


…… 波乱と冒険と逃亡の転々の末、ラストは、キャンディードはクネゴンデに結婚を申し込み、「家をつくり、森を切り開き、そして私たちの庭を作るのだ」と歌い幕となる、とのこと。


登場人物が死んだり生き返ったり、場面を転々とする、このストーリーに私は、人間のリ・インカーネーション (輪廻転生) を思いました。リ・インカーネーションとそれによる学びと成長を、一人の人間の波瀾万丈になぞらえている、ように思えます。

キャンディードが何故、波乱と冒険と逃亡で延々と転々とさせられたのか、そして何も出来上がらず得られず蓄えられずにいたのか。
それは、自らの足元を固めることをしなかったからだと思うのです。
キャンディードはとうとう、本当の幸せとは、欲と夢を追いかけてあちこち転々とすることではなく、愛する家族と、自分の生きる場所をしっかり固めることだと悟ります。おめでとう、といった感じですね。

それがなんだか、私の半生と重なりました。私も、前半生40年ちょっとは転々と、(聖書のことばでいえば) 「浅瀬をかけずり回って来た」のでした。もちろん夢を描き成功を望みながらです。しかし何一つ出来上がりませんでした。
しかし今になって、(聖書の) 「深みに網を下ろし魚を捕る」生き方に改めよう、私はもうショボくても、作曲家として生き、作曲家として死のう、と決心することができました。遅すぎたかもしれませんが、決して諦めてはいません。そんな自分とキャンディードと重なりました。


「キャンディード」は、ミュージカルは観ていませんが、ざっとその複雑なあらすじを読んだ上で聴いてみて、そんな程度でも何か、物語の世界へ誘ってくれました。
ラストは今までの喜怒哀楽豊かなミュージカル調とは打って変わって、とてもシリアスで壮大なイメージがありますが、ようやっと真の幸福を見つけることができた、悟りの心境を思わせます。ゆったりとした弦のうたう中に、ぽろん、ぽろん、と聴こえてくるハープは、マーラーの交響曲を思わせました。

2014年4月 5日 (土)

ブラオケセレクション (3) ♪ ベートーヴェン: 交響曲第7番

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過去の「ブラオケ東京発」(NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ」もしくは「FMシンフォニーコンサート」の、東京からの放送) で、今までレポートを書いていない曲の中から、わたしが感動した曲、衝撃を受けた曲、初めて知った曲などのレポートを、セレクションとして時々書いてみようと思います。

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明日 (4/6 '14) のブラオケ東京発、前半はバースタイン「キャンディード組曲」、後半がベートーヴェンの交響曲第7番 (大植英次指揮東京フィル) が聴けるということですが、
時間を計算してみたら、吉松先生の解説の時間が、4分くらいしかないのですね。
恐らく、その4分は、今まで何度も番組で取り上げている、ベートーヴェンの7番というよりかは、バーンスタインのキャンディード組曲の解説にほぼ充てた、と私は予想しました。


今日は明日の予習を兼ねて、昨年10/13放送の、ベートーヴェン: 交響曲第7番の解説を、ブラオケセレクションとして、テキスト起こししてみました。この日は解説の時間がたっぷり15分くらいあったため、なかなか面白い内容となっています。


番組information

NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ」
東京フィル 第43回響きの森クラシック・シリーズから(2)
放送日:2013年10月13日
解説: 吉松隆

「交響曲 第7番 イ長調 作品92」 ベートーベン作曲
(39分11秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)小林研一郎
~東京・文京シビックホールで収録~
(2013年2月2日)

NHKのサイトを参照しました。

IMSLPの楽譜

Wikipediaの解説


以下、吉松先生の解説を編集したものです。
(この日の演奏についての解説は省略しました。)

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ベートーヴェンの交響曲の中で第7番〜40代になって書かれた作品ということになる。ちょうど200年前、1813年に初演されたということだから、ちょうど200年前の作品ということになる。
もちろん5番、6番、「運命」「田園」、そして第9番「合唱」などに比べると7番というのは昔は、私がクラシックを聴き始めた頃は、通好みの名曲というのか、ベートーヴェンの交響曲の中で何番が好きですか、と聞かれた時に、第7番、と答えると、おーなかなか通だな、と言われるぐらい、副題、ニックネームが付いていなかったということもあるのかもしれないが、微妙に通、一般の人が好むよりはちょっと通好みの作品ということが多かったが、数年前にテレビのクラシックアニメ・ドラマで使われたことがきっかけになって、この第7番はかなりメジャーな作品になってしまった。
数年前、子どもたちのためのコンサートというのを企画した時に、子どもが、第7番の冒頭を聴いただけで、あ、ベートーヴェン!、というので驚いた記憶がある。それだけこの作品というのは、今の子どもが聴いても、かなりリズミカルでもあるし、かなりインパクトがある作品ということになるのかもしれない。
実際、ベートーヴェンは5番6番、運命、田園というのは同時に作品発表会のような形で続けて交響曲を発表し、その後、7番8番というのも続けて発表している。7番8番の頃というのはベートーヴェンはさほど人気が…落ち気味に後半なってきた、そういう時代の作品ではあるが、7番というのは意外と当時から、パート譜、ピアノアレンジ譜とか、連弾とか弦楽四重奏とかいろんな形の楽譜で好まれていたようで、ベートーヴェンの交響曲の中でわりとアマチュアが好きで演奏していた、そういう人気曲、というのも昔から変わっていないようである。
実際この作品、全編が交響曲という非常に芸術的な構成ではありながら、全編リズムがかなり強力に出ている。ある意味では現代のビートミュージック、に通じるところもあって聴きやすいような気がする。
ワーグナーなどの時代には非常に芸術的な「舞踏の神聖化されたもの」というような、仰々しい言い方をされて、2楽章などは非常に、その頃からクラシカルの人にも人気があったが、やはり私個人的に1楽章のアレグロで、たんかたんかたんかたんか… たんかたん たんかたん… というようにリズムが動き出すところとか、フィナーレの、リズムが次から次へと畳み込むように出て来る辺りに、むしろベートーヴェンの真骨頂があるような気がする。
ただ当時は、多分ベートーヴェンはワインを飲み過ぎて酔っ払って書いたんだろう、というように、悪口を言う人がいたくらい、今聴いても鼻歌でふんふんふんふん… と踊りたくなるような部分が、今の私たちが聴いてもあるのだから、当時の人たちにはかなり強力なビートミュージック、頭の中でリズムがぐるぐる回るような、そういうものが聞こえていたのだと思う。
4楽章に渡って全部、緩急もちろんある4楽章の作品ではあるが、みんなリズムが基本になって、跳ねるリズムが基本になって出来ている、ということでも、わりと画期的な作品だと思う。こういう作り方をしているというのはちょっと前代未聞であり、今でも、私もいくつか交響曲を書く時に、この第7番みたいな、というのは、頭の中で時々出て来るぐらい、リズムの使い方、ビートの使い方、に特徴のある作品。

この作品、私が最初にクラシックを聴いた頃は、ベートーヴェンは楽聖とか、非常に偉い芸術家の権化のように言われていたので、あまり7番も浮かれた感じで演奏するということはほとんどなかったが、今考えてみると、本当にこの、ビートミュージックそのままのような気がするし、たとえば4楽章のリズムの取り方はというのはみんな、っちゃ、っちゃ、という後打ち。これは今の若い人が聴いてもある種ビートを感じるという起源なんだと思う。だから「運命」がよく、じゃじゃじゃじゃん、という、フレーズ、モティーフだけで作ったというのが非常に画期的だというふうに言われるが、この7番というのもその、リズムやビートの使い方という点では、非常に画期的なことをやっているというような気がする。
この作品を書いた、ちょうど200年前のベートーヴェン、あまりその頃からスランプ気味になってきたという話をさっきしたが、基本はこの当時、今でもそうだが、交響曲を書くということで作曲家が潤うということはまず、昔も今もない。だからベートーヴェンも基本的にはピアノの名人としてウィーンで活躍を始め、徐々に協奏曲や交響曲を書いて、つまり、オーケストラを上手に書けるんだぞ、ということを、まず世の中にアピールして、最終的にはオペラで当てる、というのが、この時代の作曲家のメインの仕事だったというような気がする。今でいうのだったらハリウッド映画の作曲家とか大河ドラマの作曲家とか、そういうのを作曲家として最終目的として狙う。交響曲というのはあくまでも最終的なものではなくて、オーケストラのテクニック、センスというようなものを突き詰めるという意味で作った、というのが最初だったと思う。
ベートーヴェンも最初はシンフォニーというのをそのように捉えていたような気が私はするが、最終的には結局オペラで当てることが出来ずに、レオノーレ、フィデリオ共、名前を変えて何回か書き直して、最終的にはなんとか演奏されるようにはなったが、それで大金が手に入ってセレブな作曲家になる、というところまでは、残念ながらいかれなかった、ということが、ベートーヴェンの後半生のスランプの要因だった、というような気がする。それにはちょっと、同じ作曲家として、身につまされるというか、辛いところではあるが。


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♪ 肚 (はら) のエネルギーでリズムを奏でると… ♪

この日聴けた演奏は、小林研一郎さんの指揮でしたが、正直、もしかしたら賛否両論、な演奏だったように思えました。
なんというか、この第7番特有の、リズムの軽さ、が、なにかコバケン流、肚 (臍下丹田というやつ) からエネルギーをしぼり出すような演奏は、文字通りもの凄く腹が据わっているというか、ずっしりとしているように思えて、もっと軽い飛ぶような演奏を期待する音楽ファンにはちょっと… なのかもしれません。まあそういう演奏を好むのなら、そういう指揮者の演奏を聴けばいいだけのことですが。
しかし、肚のエネルギーを大切にするところ、私は日本人として、もっと世界に、音楽を通してそういった日本の精神文化を発信しても良いような気がするのです。恐らく日本人にしか表現できないベートーヴェンの第7番だった気がします。そういう意味で私はコバケンさんを応援しています。


(゚▽゚*)


明日 (4/6 '14) のブラオケ東京発の、大植英次さん指揮のベートーヴェンの第7番も楽しみです。
明日はその前に、バーンスタイン作曲、ハーモン編曲 「キャンディード組曲」 これがとても楽しみです。予習で、指揮の大植英次氏はバーンスタインの弟子であることを知り、既に NAXOS Music Library で聴いてみましたが、明日の放送の演奏も楽しみです。
キャンディードというミュージカル!? オペラ!? のストーリーを読んでみましたが、なんて複雑!! 立て続けの大どんでん返しや人生の試練、更には死んだ人が生き返ったり… 。

また レナード・バーンスタインの生涯をざっと勉強しましたが、これだけは間違いない、と私が信じて疑わないこと、バーンスタインは、マーラーの生まれ変わりだと、確信しました。*
それで、マーラーの交響曲第9番の、バーンスタイン指揮の演奏を聴いてみたのですが→♪ 、何かすごく素晴らしかった。今まで聴いたマーラーの第9番の中でいちばんよかったかもしれません。またじっくり聴いてみます。


* たとえばカプースチンはガーシュインの生まれ変わりだと私は思います。作曲家が死んで、再び生まれ変わって作曲家をやる、というのは、至極自然な魂の選択だと私は思います。但し本人がそれを望めばですが。

2014年3月31日 (月)

イタリアの青い空とイギリスの田園風景と@ブラオケ東京発

♪♪♪

番組information
NHK-FM ブラボー!オーケストラ
2014年3月30日 19:20〜20:20
東京フィル 第838回 オーチャード定期演奏会
解説:吉松隆

「歌劇“セミラーミデ”から 序曲」 ロッシーニ作曲
(12分00秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)園田隆一郎

「組曲“プルチネルラ”」 ストラヴィンスキー作曲
(22分39秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)園田隆一郎
~東京・Bunkamuraオーチャードホールで収録~
(2013年9月22日)

「たい冠式行進曲“王冠”」 ウォルトン作曲
(6分30秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)尾高忠明

「グリーンスリーヴズによる幻想曲」ヴォーン・ウィリアムズ作曲
(4分29秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)尾高忠明
~東京オペラシティ・コンサートホールで収録~
(2013年6月2日)

NHKのサイトを参照しました。

♪♪♪


以下、吉松先生の解説を編集したものです。

♪♪♪

今日は東京フィルハーモニー交響楽団 第838回オーチャード定期からの前半の演奏。イタリアもの2つ。
この演奏会、実は当初、アルベルト・ゼッダさんが指揮をする予定だったが、体調不良による降板で園田隆一郎さんが急遽指揮を行うことに。
園田さんは1976年東京都出身。これまでイタリア、日本、様々な場所で指揮者として活躍していて、特にイタリアのペーザロで開かれている、ロッシーニフェスティバル (Rossini Opera Festival Pesaro) では、このゼッダさんの薫陶を得て、ロッシーニのオペラを指揮したりしてかなり公表を博しているとのことなので、彼の指揮によるイタリアものは聴きものだと思う。
ロッシーニとストラヴィンスキー。イタリアの作曲家とロシアの作曲家だが、今日は両方ともイタリアがらみでということで、ゼッダさんの選曲か、なかなか素敵な組み合わせで、イタリアの青空のような作品を2つ、続けて聴いていただきたいと思う。

ロッシーニという作曲家。私がクラシックを聴き始めた頃は、あまりロッシーニを大作曲家という人はいなかったが、最近ではロッシーニ再評価・ルネッサンスとされて、ロッシーニの、かなりたくさんのオペラを書いているが、それは、非常に素晴らしい演奏をされるようになり、かなり評価が高まっている作曲家といったらいいか。
特にこのロッシーニという作曲家は、個人的には作曲家としては非常に羨ましい一人。もともと、ベートーヴェンを始めとする芸術家的な作曲家というのは、そもそも不遇、貧乏、初演の失敗、という3重苦をほとんど持っている、何となくちょっと暗い過去を持ったようなそういうタイプの育ち方をしている人が多いが、このロッシーニの場合はまさに、十代になる前からそれこそモーツァルト的な天才性を発揮して、20歳になるかならないかくらいの辺りからオペラの作曲家年てデビューして、いろんなヒットオペラを連作して、一時はベートーヴェンを凌ぐ、ベートーヴェンが過去の人でロッシーニは旬の作曲家みたいなところまで、人気作曲家としてのし上がった人。30代後半で引退して、後はわりと悠々自適な生活をして、レストランとか、サロンなど経営しながら76まで生きた、という、これはもう、羨ましい生涯であるが、そういう点では、ベートーヴェンのような深さとか暗みというのはないが、何か突き抜けたような、人生を楽しむという点では、非常に素晴らしい音楽が展開する、そういう作曲家だと思う。
今日お聴きいただく、歌劇「セミラーミデ」これはロッシーニが30歳頃の、ちょうどベートーヴェンに会った頃の作品ということで、彼の作品としてはわりと悲劇的な、非常に巨大な3時間半のオペラだが、ロッシーニとしては悲劇的だが、独特の「ロッシーニ・クレッシェンド」もあるし、何かワクワクドキドキする、非常に明るい素敵な作品に仕上がっていると思う。
「それでは、ロッシーニ作曲の歌劇『セミラーミデ』から、序曲をお聴きください。演奏は、管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮、園田隆一郎さんです。」

「ロッシーニ作曲、歌劇『セミラーミデ』から序曲 ただいまの演奏は、管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮、園田隆一郎さんでした。」
イタリア独特の、協和音の、特に弦、あれがスコーン! と鳴るあの響きの素敵さ、なかなか素敵な演奏だったと思う。
ロッシーニが、ある程度羨ましい作曲家の一人と申し上げたが、次にお聴きいただきます、ストラヴィンスキーというのも、これも、作曲家にとってはなかなか羨ましい生涯を送った人。30前後で既に火の鳥、ペトルーシュカ、春の祭典という3大バレエ、今でも名曲として知られている作品を作曲し、ほぼこれで一生の印税はOKという形になったのだろうが、その後も沢山の名曲を、いろんなタイプの作品を書いて、80過ぎまで長生きして、高級住宅地に暮らして、という、なかなか素敵な、羨ましい作曲家の一人であるが、
次にお聴きいただく「プルチネルラ」、これはストラヴィンスキーが30代後半くらい、ちょうど今の園田隆一郎さんくらいの同じくらいの歳か、イタリアの18世紀の作曲家、ペルゴレージの、昔の曲、これをアレンジ、今で言うとリミックスして、新しいバレエ音楽を作る、という試みで完成された作品。ちょっと小ぶりのオーケストラで、確かにちょっとバロック風というのか、不思議な古風な、しかもイタリア風のなかなか楽しい、スコーン!と協和音が鳴る響きでできている。
これもなかなか、番組のタイトル曲とかBGMでも使われているので、あー聞いたことあるなーという曲がいくつかあると思う。
全体でこの組曲は8曲からなる、23, 4分程の作品だが、ピエロ、主人公のプルチネルラというのはピエロというのか、モテモテ男、その周りにいろんな男女が取り囲んでドタバタ喜劇をやるという、そういう楽しい話だが、これを8曲に組曲にした作品。それをお聴きいただきたいと思う。
「それではストラヴィンスキー作曲、組曲『プルチネルラ』演奏は、管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮、園田隆一郎さんです。」

「ストラヴィンスキー作曲、組曲『プルチネルラ』ただいまの演奏は、管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮、園田隆一郎さんでした。
1920の作品というから、現代音楽に差し掛かった頃の時代の作品だが、いわゆる「新古典派」と言われる、古典の美しさ、それから響きの新しさを融合させたというのか、ここもなかなか新しい、斬新な試みとは思うが、音楽自体は昔のイタリアの、スコーン!と鳴る協和音の響き。これもなかなか面白い組み合わせの作品だと思う。非常にこれは人気のある作品。
イタリア風な、人生辛いこと悲しいこともあるがやはり基本的には明るく、人生を楽しむ、というのがイタリア風だとすると、さっきのロッシーニに続いてこの作品も、ストラヴィンスキーはもともとロシア人だし、演奏、初演されたのがフランスということだが、やはりイタリア風の青い空が見える、人生を楽しむ、素敵な音楽に仕上がっていたと思う。

♪♪♪

「ここまでは2013年9月22日に行われた、東京フィルハーモニー交響楽団 第838回オーチャード定期からお聴きいただきましたが、ここから、2013年6月2日に、東京オペラシティコンサートホールで行われた、第56回午後のコンサートから、尾高忠明さんの指揮で、尾高さん得意のイギリスもの、イギリスの作曲家ウォルトンとヴォーン・ウィリアムズの作品を2曲お聴きいただきたいと思います。」

最初にお聴きいただくのは、ウォルトンの「戴冠式行進曲」という曲。イギリスの国王が戴冠する時に頼まれて作曲した作品ということなので、エルガーの「威風堂々」を思わせる、なかなかこれも、堂々たる素敵な作品だが、このウォルトンという作曲家、実をいうと、映画音楽に興味のおありの方は「ヘンリー五世」「ハムレット」「リチャード三世」という、ローレンス・オリビエ (Laurence Olivier 1907-1989) のシェイクスピアもの、「空軍大戦略」という戦争ものの映画だが、そういう映画音楽も担当しているということもあって、近現代の作曲家ではあるが、かなり、かっこいい、というのか、今のゲーム音楽とか映画音楽に通じるような、格好良さを持ったオーケストラの響かせ方のポイントをよく知った作曲家と言えると思う。
この作品も、戴冠式の音楽なので、エルガーのような堂々たるイギリスのノーブル (noble) というのか、高貴な印象とともに、やはり現代的な格好良さを持った行進曲に仕上がって、これもなかなか面白い作品。
「それでは、ウォルトン作曲の『戴冠式行進曲 ”王冠”』演奏は、管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮、尾高忠明さんです。」

「ウォルトン作曲『戴冠式行進曲 ”王冠”』ただいまの演奏は、管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮は尾高忠明さんでした。」
何かこう、一般の聴衆の感動するツボを押さえているというか、本当に、カッコいいという言い方は軽薄な言い方になってしまうが、なかなか素敵な音楽だと思う。
ウォルトン、これはイギリスではかなり人気作曲家。2つの交響曲もあるし、協奏曲とか、かなりクラシックとしても名曲として知られている曲がいくつかあるので、興味のおありの方は是非お聴きいただければと思う。

「同じ演奏会からもう一曲、今度はヴォーン・ウィリアムズ作曲の、『グリーン・スリーヴズによる幻想曲』をお聴きいただきたいと思います。」
ヴォーン・ウィリアムズ。これも近代のイギリスの作曲家、私も大好きな作曲家だが、交響曲を9つ書いている大作曲家の一人だが、この作品、グリーン・スリーヴズ、おなじみのグリーン・スリーヴズの曲を中にちょっと纏わせた、なかなか素敵な作品。「これも短い作品ですがお聴きください。」
「では、ヴォーン・ウィリアムズ作曲『グリーン・スリーヴズによる幻想曲』管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、指揮は尾高忠明さんです。」

「ヴォーン・ウィリアムズ作曲『グリーン・スリーヴズによる幻想曲』管弦楽、東京フィルハーモニー交響楽団、尾高忠明さんの指揮でお聴きいただきました。」
ちょっと尺八を思わせるフルートが素敵でした。

♪♪♪


以上、吉松先生の解説をテキスト起こし、編集したものでした。所要時間:約2時間。


ヽ(´▽`)/


この土日で、私も付け焼き刃的な勉強で、辛うじて、ロッシーニ「セミラーミデ」序曲のみ、 妄想原稿などと称して、「もしも、わたしがブラオケの解説者だったらどう話す!?」を、昨日書いてみたのです。


その上で、さあそれでは、吉松先生はどのようにお話されるか!? と期待して、放送を拝聴したのですが……、
結果として、私自身の、まだまだ勉強の足りなさ、経験の足りなさを痛感させられるだけでした。

吉松先生は、その数十年の作曲家キャリアと音楽経験をデータベースにお話しされている。
私のような、ネット検索付け焼き刃では (もちろんそれもされているとは思いますが、) なく、長年の蓄積がなければ絶対に話せないことをいくつも話されているのを、改めて感じさせられました。

私はそういったデータベースの蓄積がまだまだですし、思ったのは、興味ある曲はよく知っていて何度も聴いていて、興味ない曲は見向きもしなかった (聞く耳を持たないできた) のです。
将来、私もラジオ等のクラシック音楽番組に出演する人になるのが夢なので、というかそれ以前に、作曲家としての基礎知識を得るために、もっといろいろなクラシック音楽を勉強しないといけないな、と思いました。
オペラとか前期ロマン派とか室内楽とか、正直あまり興味なかったのです。が、それでもスコア聴き (スコアを見ながら曲を聴く) してみると、いろいろな情報があり、その中から、自分なりのいいとこ取りをすればいいのではないかな、と思うのです。
どれをいつ聴くか、クラシック音楽はあまりにも広い世界なので途方に暮れます。そういう意味で、ブラオケ東京発、これはもちろん私が吉松信者だから(^^;) なのですが、これだけは必ず聴いて、必ず事前に予習して、できればスコアを読んで、時間があれば妄想原稿 (^^;) を書いて、放送を聴いて先生の解説をテキストに起こして… を、しばらく続けていこうと思います。

あと、N響定期中継の解説とかはなかなか内容が深いですし、ブラオケの後のリサイタル・ノヴァは、管弦楽法のヒントが頂けますよ♪。


♪♪♪

「セミラーミデ」序曲。
これは、既に、「妄想原稿」(^^;) でいろいろ書いたのですが、吉松先生の視点がまた全然違っていて、正直、上に書いたように、あっけにとられて聞いておりました。


♪ 過去の交響曲作曲家とのシンパシーこそが ♪


特に、ある意味、あーまたいつもの吉松節だなーとか思いながら聞いていたのですが (ファンの皆さんはみんなそう思ったのかもしれませんが)、その、いつものご隠居願望だとか、印税で悠々自適生活願望だとか、豪遊願望のこと。
はっきり言ってしまえば、今までそういった吉松先生の人生観は、唯一、私が好きになれない部分でした。

が、今回、『…もともと、ベートーヴェンを始めとする芸術家的な作曲家というのは、そもそも不遇、貧乏、初演の失敗、という3重苦をほとんど持っている、何となくちょっと暗い過去を持ったようなそういうタイプの育ち方をしている人が多いが、このロッシーニの場合はまさに、…』という先生のお話、
それと、私が今回勉強したことですが、1822年にロッシーニがウィーンを訪れた際ベートーヴェンに会った時、言われた言葉が、その腹の内が、どうやらベートーヴェンの、ロッシーニ 〜オペラで富と名声を得ている〜 に、やっかみを持っていたのが本音のようだった (しかしあくまで芸術音楽に徹した!) ということを知り、
それでなんとなく、吉松先生の心を知った気がします。

つまり、尊敬する、ベートーヴェンのような交響曲作家の生き様を、自らにシンパシー (共鳴・共振) させることをよしとしておられるのでは、ないでしょうか!?。
羨ましいといいながら、それでは売れる映画音楽でもどんどん請け負いましょう、と (センセの実力でしたらそれも全然可能なはずですが…) 積極的にやっておられるわけでもないのだとしたら…。
夢は夢!。実行するから夢は現実になるのであって、羨ましい、と生涯に渡って思いながらも、決してそういう生き方を選ばない、それがベートーヴェンであり、吉松隆の作曲家としての理想の姿なのかな!? と思いました。
(今まで誤解しておりました、センセごめんなさい…。)


(*^-^)


プルチネルラ、これも、元はバレエ音楽だったのですか。そこから作曲者が組曲に編曲したのですね。
1996年に、バーンスタイン指揮のCDを購入していて、聴いておりましたが、ホントだ、「バレエ組曲」って書いてありました。
やはり、というのか、「春の祭典」「火の鳥」といった原始主義作品が目的で買ったのです。そういう人多いんじゃないかな!?。
それで同時にプルチネルラを知ることとなりました。
「えっっこれも、あのストラヴィンスキーの曲なの!? という意外性。
と同時に、でも違和感のない美しさを楽しんでおりました。
但し「実験的」といった感は否めませんでしたが…。


♪ 新古典主義。古い伝統と新しさとの融合 ♪


昨日、バレエの動画を観ましたが、本当に! ファンタジーですね。
音楽もすごくファンタジー。そしてとても清らか。
楽器編成は小さく、クラリネットを使っていないのが古典的というか、ペルゴレージの時代の音楽に倣ったのでしょうが、同時にあれれ!? 1本だけですがトロンボーンを使っている。特に7曲目のVivoでは楽しいグリッサンドを聴かせてくれます。
新古典主義。古い伝統と新しさとの融合ですね。
冒頭から9th (G9→A音) を使っていたりと、所々、和声的にも今風です。
2曲目のSerenata ではいくつかの弦楽器が「ちゃかちゃか」という微妙な音を立てているのが素敵。「リコシェ」 (ricoche 弓の先の方でいくつかの音を跳躍させて一弓で弾く。ダウンで行うことが多い) という奏法では、ありませんか!?


(゚ー゚)


ウォルトンと、ヴォーン・ウィリアムズ。
最近、ブラオケ東京発で、尾高忠明さん指揮のイギリスものを聴くことが多く、これがきっかけでイギリス音楽の素晴らしさを知ることができたのがうれしいです。
ウォルトンの「戴冠式行進曲 ‘王冠’」は、古くからの王国としてのイギリスを、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーン・スリーヴズによる幻想曲」は、イギリスの美しい田園風景や自然を聴かせてくれました。
イギリスでは主に、その二つの顔が、クラシック音楽になっているのかな。プラス、ビートルズ… (^∇^)♪
‘王冠’ は、よく、テレビのバラエティ番組に使われていて、聞いたことがある! と思いました。
グリーン・スリーヴズによる… は、冒頭のフルートが素敵だなあ、と思って聴いていました。
先日 (12/1 ’13) 放送で聴いた、「あげひばり」も、冒頭の、弦がずーっと伸ばしっぱなしの中、ヴァイオリンソロがひばりを思わせる美しいカデンツァを聴かせてくれたのも、本当に神秘的でよかったです。ヴォーン・ウィリアムズ、要チェックです♪。

今まで、イギリスものはずっと、自分にとって、陰が本当に薄かったんですね。聴いてもどこがいいのだか、なんだかモヤモヤしていてよくわからなかったのです。
20歳前後にピアノでラヴェルやドビュッシーに出会ってフランスものにハマったのですが、イギリスものというのは、フランスものみたいな明らかな優美さではない、秘められた美しさがある。特に田園風景など風土をベースにしているところが、今になってとても惹かれております。(ピーター・ラビットの世界みたいな…。)


(*^-^)


♪ 東京発のブラオケ、続きます。何と5連チャン!! ♪


次回4/6 (日) は、バーンスタインの「キャンディード組曲」〜これは、「題名のない音楽会」のタイトル曲で知りました。それと、ベートーヴェンの交響曲第7番! これはブラオケ定番曲のひとつですが、吉松先生の解説は毎回同じではありません。どういうふうにお話しされているか、楽しみです。


○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*


今後も、ブラオケ東京発レポートは、出来る限り、放送の翌日月曜日、を目標に、レポートをUPしてまいりますので、よろしくお願いいたします。

2014年3月30日 (日)

セミラーミデ序曲@ブラオケ妄想原稿

「妄想原稿」とは、読んで字の如くです。
今日 (3/30 ’14) の夜のブラオケ (NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ」) の予習として、書いてみました。
取り上げたのは、ロッシーニ作曲  歌劇「セミラーミデ」序曲

IMSLPスコア

Wikipedia


(*^-^)


以下は、わたしがもし、ブラオケの解説を担当するとしたら?? という妄想原稿です。

最初にお聴きいただくのは、ロッシーニ作曲 歌劇「セミラーミデ」の序曲です。
セミラーミデ (Semiramide) というオペラは皆さんご存知でしょうか!?
ロッシーニが30歳の頃の、イタリア時代最後の作品です。
ヴォルテールの悲劇「セミラミス」を基に、1822年の秋から-23年初頭に掛けて4か月くらいで作曲されました。
この頃、自身の作品の上演のためにウィーンを訪れているのですが、そこでベートーヴェンと面会しているんです。
で、ベートーヴェンに、「セビリアの理髪師」を絶賛されたのですが、「君はオペラ・ブッファを書いた方がいい」と言われます。オペラ・ブッファというのはいわゆる「喜歌劇」のことです。ベートーヴェンはロッシーニの才能を認めてはいたのですが、恐らくこれは、芸術音楽の作曲にこだわっていて、さほど世に評価されていないベートーヴェンが、オペラで富と名声を得ているロッシーニに対する、やっかみを言いたかったのかもしれません。
ともあれ、このベートーヴェンの言葉でロッシーニは奮起するんです。
そして生まれたこの「セミラーミデ」は、これは最後は実の息子が母親を誤って殺してしまうという悲劇ですから、オペラ・ブッファではなく、「オペラ・セリア」〜セリア、というのは英語のシリアスの意味です、シリアスな時代物オペラを書き上げたのですね。ベートーヴェンのアドヴァイスに反する作曲をしたものの、ドイツ音楽の影響は受けたようでして、オーケストレーションがドイツ的な重厚で色彩豊かなものになっています。

今日お聴きいただきます序曲ですが、これはオペラ本編の音楽をいくつか盛り込んでいて、オペラの内容を期待させるような構成になっています。
それでは、ロッシーニ作曲  歌劇「セミラーミデ」から序曲、管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団、指揮、園田隆一郎さんでお聴きください。


しかし、序曲の中に使われている、オペラ本編の音楽というやつ、探してみたのですが、見つかりませんでした……。
本当は自分で確認してもいないのに、使われているんですよ、なんて、言いたくないなあ。


「セミラーミデ」ストーリーは、昨日読んだのですが、とても面白かったです。
ただ、私は複雑な人間関係の物語というやつが苦手です。頭がこんがらがってしまいます。数学の問題を解くみたいな脳の使い方をするんですよね。
行方知らずになっていた息子と15年ぶりに再会する。がそれは、別の名前を名乗っている若い男を息子と知らず結婚を望むが程なく息子と知るのだった…… なんて、いかにも物語にはあるかな!? みたいな内容ですね。
息子アルサーチェが父の敵討ちでアッスールを殺そうと宝剣を振りかざすのですが、真っ暗な父ニーノ王の霊廟内で、「誤って」母親を切り殺してしまう。しかしその母親もニーノ王殺しの共犯者であったので、ある意味敵討ちともなってしまったという皮肉。
これは、オペラ全編、観てみたいですね。


♪ 初めての妄想原稿を書き終えて♪

妄想原稿(^^;) を書くために、昨日今日と、セミラーミデ序曲の1曲だけで、もの凄い勉強をしました。
吉松先生のご苦労がしのばれましたし、まだまだ、勉強しないといけないことが山ほどあるんだなーと思い知らされました。
放送で不特定多数のリスナーのために話す内容ですから、極力、間違えたことを喋らないように、綿密な下調べが必要で、情報は1か所ではなく数か所を参照・照合して、自分の言葉としてまとめる、のがよいかと思いました。


( ̄▽ ̄)

今夜のブラオケは、この他3曲。
疲れたので(^^;)、とりあえず今日はこの辺で。ご案内はムラヤマトモミでした!?。


2014年3月27日 (木)

ブラオケセレクション (2) ♪ ディーリアス@イギリスにもあった風土音楽

番組information

NHK-FM 「ブラボー! オーケストラ」
東フィル 第831回 サントリー定期シリーズ(2)ほか
放送日:2014年1月12日
解説:吉松隆

「歌劇“村のロメオとジュリエット”から間奏曲“天国への道”」
ディーリアス作曲、ビーチャム編曲
(10分20秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)尾高忠明

「小管弦楽のための二つの小品から“春を告げるかっこう”」
ディーリアス作曲
(5分48秒)
(管弦楽)東京フィルハーモニー交響楽団
(指揮)尾高忠明
~東京オペラシティコンサートホールで収録~

NHKのサイトを参照しました。

この日の前半、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 のレポート。


後半のディーリアスのレポート、すぐに書きます、と書いておきながら、2か月半も経ってしまいました。
日々の多忙の中、常に大変気にしておりました。大変申し訳ございませんでした。この度、ブラオケセレクションとしてディーリアスの2曲のレポートをupいたします。


NAXOS Music Libraryより
ディーリアス: 村のロメオとジュリエット より「天国への道」
トーマス・ビーチャム指揮
録音: May and July 1948, Studio 1, Abbey Road, London

NAXOS Music Libraryより
ディーリアス: 小管弦楽のための2つの小品 第1番 春を告げるかっこうを聞いて
トーマス・ビーチャム指揮
録音: 19 December 1927, Fyvie Hall, London

「天国への道」 (The Walk to the Paradise Garden) IMSLPスコア (ピアノ譜)

小管弦楽のための2つの小品 (2 Pieces for Small Orchestra) IMSLPスコア


以下、吉松先生の解説を要約したものです。

「尾高忠明さんの指揮で、尾高さんお得意のイギリスの作品から、ディーリアスの音楽を2つほどお聴きいただきたいと思います。」

フレデリック・ディーリアス (Frederick Delius) 。ちょうどドビュッシーと同じ年に生まれている、イギリスの近代の作曲家。ちょうどエルガーからブリテンに至るイギリスの作曲家の、ちょうど真ん中辺に位置する。
イギリスはよく、パーセル以来ブリテンまであまり大作曲家がいないなどとよく言われるが、私は個人的にこの20世紀前後に生まれた、エルガーを始めとしてヴォーン・ウィリアムズとかディーリアス、バントック、バターワース、ホルスト、という、本当に素晴らしい作曲家がいっぱいこの時期にいると思う。
このディーリアスという作曲家もその一人。
個人的には1968年だったか、BBCの放送局が作った「夏の歌」という、非常に素晴らしいテレビドラマ・音楽ドラマ、ちょうどディーリアスのお弟子さんがディーリアスのところに行く、晩年のディーリアスを描いた作品だが、そこで流れるあまりにも美しい音楽で私はディーリアスの虜に一発でなった。
今日はこのディーリアスの中から、これはビーチャムがほぼ最初にディーリアスの作品をレコード化した、とっておきの、ディーリアスの中ではこれ、という2曲なので、ディーリアスを初めてお聞きになる方、そしてイギリス音楽は絶対凄いぞとおっしゃる方もお楽しみいただければと思う。
いちばん最初はディーリアス作曲、ビーチャム編曲、歌劇「村のロメオとジュリエット」から間奏曲「天国への道」または「楽園への道」。これはロミオとジュリエット、スイスの作家が書いた、スイスの村のロミオとジュリエットの話。これをイギリス語訳したディーリアスのオペラだが、この中から非常に美しい、フィナーレの、終幕の間奏曲を、英国の往年の大指揮者であるトーマス・ビーチャムが演奏会用に編曲した作品。

「まず、この、春の田園を思い浮かべるような非常に美しいこの作品をお聴きください。」

非常に美しい曲。この指揮者のトーマス・ビーチャム、バルビローリと並んだ往年のイギリスの大指揮者だが、彼が最初にこのディーリアスをレコーディングするというところから、ディーリアスの普及が始まって、私もその名盤を聴いたが、実は20年程前に、イギリスのアビィ・ロード・スタジオで、私の曲を録音するという機会があって行ったことがあるが、アビィ・ロード・スタジオはもちろんビートルズが録音したことで有名だが、ここはトーマス・ビーチャムがこのディーリアスを録音したことでも非常にクラシックマニアにとっては有名な聖地のような所。実は自分の録音をしながら、アビィ・ロードの有名な横断歩道を渡って、近くの高級住宅街をふらふらと歩いていると、ちょうど、ビーチャムと書いた表札を見つけて本当に感激したことがある。ビーチャムが、今聴いたロミオとジュリエットもそう、この中から、非常にこのディーリアスの美しいメロディをオーケストラにし、それから次にお聴きいただく、「春を告げるかっこう」という曲もそう、この2曲を最初に1927年だったか、このアビィ・ロードスタジオでロイヤル・フィルによって演奏・録音した、というのが、ディーリアスの最初の録音ということになる。


次はその「春を告げるかっこう (春初めてのかっこう)」。これは「川の夏の夜」という、非常に美しい、オーケストラの作品 (と共に、) 小さなオーケストラのための2つの小品としてまとめられた曲の一曲。ノルウェーのグリーグとも親交が彼はあったが、それのエコーも感じさせるちょっとこれもきれいな、北欧風というのか、イギリスの田園を美しく描いたというか、文字通り、カッコウの歌も聞こえる。これはヴォーン・ウィリアムズもそう、最近この番組でも放送した「あげひばり」などにも通じる、非常に田園的なのどかな、そして美しい、日本人の郷愁にも触れるような作品だと思う。

このディーリアスのサウンド、全く同い年のドビュッシーの印象派的なサウンドが基本のような気がするが、やはりそのディーリアス、話したように、北欧のグリーグと共通項が、親交がある。それからバントックという作曲家はシベリウスとも親交がある。ちょうどこの時期のイギリスの音楽は北欧の音楽家ともかなりリンクしているような気がする。確かにビーチャム、バルビローリというイギリスの大指揮者たちがみんなシベリウスとか北欧の音楽もかなり得意としているし、そういう共通項がイギリス音楽の中にもあるような気がする。

「是非、北欧音楽、シベリウスなどの好きな方、このイギリス音楽に浸ってみたら如何でしょうか。」


イギリスの風土音楽


ディーリアスを初めて知ることとなったこの放送は、私にとって重要なヒントをいただくことができました。
イギリスにも風土音楽があったということ。美しくのどかな田園風景を常に思います。

そしてそれは、北欧のシベリウスなどの風土音楽ともシンパシーしていること。ドビュッシーの印象派とも共通項がある、ということを、吉松先生の口から話していただいたことで、私の直観は間違いないな、ということがわかり、とてもうれしかったのです。


その国や土地の「風土」を音楽で表現する「風土音楽」という言葉は、おそらくネットで検索しても、私の今まで書いたブログ記事くらいしか出てこないかと思いますが…。


♪♪♪


私は中学生の頃、シンセサイザーで東北や日本の風土を音楽で表現した、初代姫神* の音楽と出会いました。これが全てのきっかけでした。初代姫神・星吉昭氏は私の子供の頃の音楽教室の先生の弟子の一人、ある意味、私の兄弟子ともいえます。
高校を卒業してからクラシックピアノを始め、そこでドビュッシーの印象派音楽に出会いハマりました。
そして2010年に吉松隆先生を知り、先生に紹介していただいたみたいな感じでシベリウスの音楽を知りました。


シベリウスの音楽、特に交響曲で、私は吉松先生が観じられたのとはまた別の視点で、シベリウスの音楽に感じ入るものがありました。
それは、シベリウスが常に、フィンランドの自然を想起させるような、あるいはフィンランドの自然の光景をリアルに印象派的に表現した音楽と、初代姫神の音楽* と、ドビュッシーの印象派音楽が私の中でつながって、更に、一時期、神道の勉強にハマったこと、もともとスピリヒュアルに関心があることなども含めて、徐々に「日本にも、八百万の神々が住まう神気の山、森、海、川 etc… が存在する。シベリウスに負けない、美しい日本の風土音楽をオーケストラで書く人になりたい」と夢見たのです。
その成果は、今後、少しずつ、YouTube等で発表していきたいと思います。


*姫神のアルバム「雪譜」の「風花」。シベリウスの管弦楽曲と、ドビュッシーの印象派音楽と、何か共通項を観じませんか!?

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