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2012年2月17日 (金)

風土音楽~ 姫神、喜多郎、そしてシベリウス

「風土音楽」私の造語です。

こどもの頃、別に「風土音楽」なるジャンルが特別好きだったわけではない。
ただ、たまたまというか、音楽教室の先生のかつての教え子で、一緒に仕事していたという、初代姫神 (故・星吉昭氏) が、その類の音楽をされていたから、それで私もその世界に興味をもつこととなった。

中学3年の冬、姫神と、喜多郎 (シルクロード) と、立て続けにベストものCDを手に入れた。他にも、秋葉原のCDショップで欲しいものは山ほどあったのだけど、とりあえずこの2枚だけ。


姫神の星吉昭氏と知り合いになりたいと思った。
別に姫神でなくてもよかったのかもしれない。
ただ当時「シンセサイザー奏者になりたい」という思いが芽生えた私が、先達と知り合い関係になって、いろいろお話をお聞きしたい、と思ったのである。
(残念ながら生前、まともにお会いしてお話する機会は、とうとう訪れなかったのだが…… しかしながら、素晴らしいお手紙をいただくことができた。その濃い内容は現在でも心の支えとなっている。)

当時ソルフェージュのレッスンで月に2度お会いしていた岩崎先生と、星吉昭氏が上に書いたような関係だった。また私が小学3~6年までビクトロンの先生だった、塚原先生と星氏とも何かお知り合いみたいで………そういった状況を利用しないテはない、と、なにか不純な理由だった。


当時、クリスマスプレゼントだったかで入手した、姫神のベストCDは、姫神せんせいしょんの頃の作品から、ぐるっと海道3万キロのテーマ曲、アルバム「北天幻想」の「大地炎ゆ」など。姫神 with YAS-KAZ の「青天 (あおぞら) 」も、とても気に入っていた。
(今思うとこの辺りまでが姫神の第一期といえる。)
とても気に入ったが、聴き惜しみして (というか、次々と聴くのがなんだか怖い気がして) 最初の数曲だけを繰り返し聴いたりとかしていた。


姫神のCDを購入してから、そんなに経っていない頃だったから、恐らくお年玉で買ったのかもしれないのだけど、次に喜多郎のシルクロードベストのCDを入手した。
当時はまだ中学生だったから、自由なお金はあまりなかった。欲しいCDは、クリスマスや誕生日や、お年玉をもらった直後くらいにしか入手できかった。あまり裕福な家でもなかったし。インターネットも、もちろん YouTube なんてのもなかった。

買ったばかりの喜多郎のCDを再生したら、父親が「それすごくいいね、ダビングさせて!」というのだった。
私は半ばショックを観じた。姫神でなんとも思わなかった父が、喜多郎でそう言ったのである。姫神だって素晴らしい音楽なのに、何故、喜多郎なのだろうか!??。
当時、私にとっては姫神は共感できた音楽、喜多郎は気になる音楽だったが難しい音楽だった。


そのシルクロードベストCDの2曲目だったか、の「飛天」という曲。


初代姫神と、喜多郎。当時はよく比較がなされたが、その決定的な違いは何だったのか………。


今では私にもそれはよくわかる。
今になって、喜多郎の音楽の素晴らしさが本当の意味でわかるようになってきた。
私にとっては喜多郎の音楽は、これからもクラシックであれニューエイジであれ、生涯、お手本とさせていただきたいと思うが、姫神の音楽は………正直、卒業したと思っている。但し、いいとこどりはしたいとは思っているが。


喜多郎といえば、若い頃からスピリチュアルに関心があって、瞑想をされていたりとか、その辺のバックグラウンドが違うんですよね。
但し、スピリチュアルに関心がある音楽家の作品が、全て素晴らしいかというと、そうとは限らずなので念のため。


初代姫神も、喜多郎も、「風土」をテーマとして音楽を創られたことでは共通している。
そういう意味では、オカリナの宗次郎なんかもそう。久石譲の映画音楽なんかもその部類に入るかもしれない。
彼らは日本や、東洋の風土をバックグラウンドに全ての作品を創ってこられた。たとえ直接的にそれらを意識していない作品であっても、である。


最初に「たまたま先生と知り合いだったから」などと書いたのだけど、結局のところ、私は「ニューエイジ」なとというジャンルの音楽に深く長く触れることとなってしまった。
シンセサイザーが好きになったのは、YMOと冨田勲とヴァンゲリスがきっかけだったことは何度も書いているのだけど、今でもシンセサイザーは大好きなのだけど、今ではシンセサイザーは表現のツールの一つとして考えている。
時代が変わってしまった。というか、生楽器の素晴らしさを知ったのは、イヤというほどシンセサイザー音楽に触れまくってきたから。私の場合そうだった。


ちなみに、
今回書いた、姫神スーパーベスト、喜多郎シルクロードベスト の2枚のCDは、高校卒業時、母校の放送部の部室 (放送センター) のBGMライブラリーに寄贈した。
今でもあるか、どうか…………!??。


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最近、シベリウスの 交響曲第2番 などがお気に入りである。
私にとって、シベリウスの音楽は、専らフィンランドの風土音楽である。
そのような意識で聴かない限り、私にとってシベリウスの音楽とは実に難しい。
クラシック音楽において、風土音楽を創ってこられた。そういう意味でシベリウスの音楽は、何かお手本とさせていただきたいものがある。
フィンランドの森や自然、カレワラなどの存在なしには、シベリウスの音楽はありえないと思う。
前に書いたのだけど、交響曲第6番 の冒頭は、明らかにオーロラの光景~~ オーロラ、って、こんな感じ、なのかもしれない!??~~ などと思う。


そして、私は………。
キーワードは「祈り」である。私の中に常に存在する「祈り」という思いがある。
但し私はあまり信仰心とかはないのだけど。
ただ美しいとか素晴らしい、とか気持ちいい、だけではなくて、
「祈り」という意識をもって、つまりはそれらを神々しき存在として崇敬するということなのだけど、あまり重い意味合いを持ちたくはない。
日本にも、やおよろずの神々が宿る森や山や川や海がある。
「やまとは くにのまほろば たたなづく あをかき やまこもれる やまとしうるはし」
に象徴される日本という風土。
神道的な「祈り」の意識をもって、それらを讃美し、愛でる。
それらを音楽で表現できないか、と思っている。
先日の「あそびをせんとや…」によるフーガ でも、白玉の箇所を3つ書いたのだけど、明らかに「祈り」という感情や意識がなければ書けなかったと思う。


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「風土音楽」を真に観じたければ、ぜひ現地へ!! のススメ。


姫神の音楽のルーツをみたくて、20代前半だったが、東北新幹線に飛び乗って、岩手を、初夏と、冬 の二度! 訪れたことがあった。
姫神のスタジオや御自宅のある 田瀬湖畔を訪れた。かつてスタジオがあったという、星吉昭氏の奥さんの実家のある、盛岡郊外も訪れた。遠野も短い時間だったけど訪れた。組曲「北天幻想」のフィナーレに出てくる水沢・黒石寺の「蘇民祭」も訪れた。
ああ、まさにここでこれらの「(初代) 姫神の音楽」 は創られている!! そう確信した次第だった。


まあ、岩手だったから、比較的気軽に訪れることができたのだが、それが海外だとしたら、ちょっと覚悟と長期間の準備が必要である。


お金さえあれば、シルクロードを訪れるのもいいかもしれない。実際、シルクロードの名所を訪れて、現地でヘッドホンステレオ (iPod とか) で、喜多郎のあれらの音楽を聴く、という方もいらっしゃるのだそうだ。


フィンランドは一度訪れてみたい。夏もいいけど、極夜とオーロラがみたい。
それらに触れてみれば、交響曲第6番の世界が本当の意味でわかるのかもしれない。


いちいち出かけていては、いくらお金があっても足りないのだけど………
でも、姫神のゆかりの地を訪れたのは、当時、本当に好きだったから。
本気であれば、積立貯金でもして、是非世界中どこにでも行ってみようと思う。
グレン・グールドや、パウル・ヒンデミットの眠るお墓の場所を確認して、是非お参りしたい、という夢もある。


P.S.
喜多郎、姫神 (星吉昭)、ヴァンゲリス・パパサナシュー、吉松隆。
共通しているのは、長髪&髭ルックであるということ。
私ももし男だったら間違いなくそうしていたと思う。
余談でした。


P.S. 2
甥のまーくんは、元気に育っています♪。


P.S. 3
実は「あそびをせんとや… によるフーガ」を書いていた時、
インフルエンザに掛かりかけたのです!!。
明らかに、普通の風邪とは違うお腹の痛さ、節々の痛み、嘔吐感 etc...
「もうすぐ甥or姪が産まれるから早くフーガを完成させたい」 という最中に
どっからかインフルエンザウイルスをもらってしまったのですよ~。
なんとか産まれてくるまでに絶対にフーガを完成させて、CDを完成させよう、と
いう気持ちと、
「ここで無理したら仕事もできなくなってしまう」というジレンマに挟まれて大変でした。
どうしたかというと、大量の「カムカム」というビタミンCの粉末を (いつも飲んでいるものなのですが)、いつになく大量に飲みました。スプーン大盛り4杯/日 (普段はスプーン軽く山盛り1杯) それを、野菜ジュース3本で飲みました。
そんなことを4、5日続けて、早めに寝て、体調を窺ってはフーガを「楽しく」書きすすめ ………
……… 見事、インフルエンザはそのままこじらせることなく、どっかへ行ってしまい、フーガは甥が産まれるより早く無事完成&無事にCDをプレゼントすることができた次第でした。
………アマチュアだったからよかったのだけど、プロの作曲家になってからは……… ちょっと、健康管理とデッドライン管理には十分に気をつける習慣を、今からつけないといけませんね。

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